「住区協議会」『世界の都市社会計画―グローバル時代の都市社会計画』所収

橋本和孝ほか編『世界の都市社会計画―グローバル時代の都市社会計画』(東信堂、2008年)所収、伊藤嘉高「住区協議会」27-9頁。

拙論では、英国の住区協議会を例に、ネオ・ナショナリズムとネオ・リベラリズムを超えるコミュニティガバナンスの条件を明らかにしました。

本書では、イギリス、オーストラリア、中国、韓国、インドネシア、シンガポールなどの都市社会計画の歴史、現状、展望が模索され、良好な都市社会計画の有りようが検討されています。

冒頭抜粋

ここでは、果敢なガバナンス改革が続けられている近年の英国を舞台にして住区協議会の今日的性格を描写してみよう。周知のように英国では、70年代後半以降のサッチャー、メージャーの保守党政権によって、基礎的サービスの提供者としてのガバメントから「条件整備型国家」(enabling state)への転換が進められた。しかし、実際のところ、中央でも地方でも財政支出はほとんど減少せず、80年代から90年代にかけて保守党政権は中央主導による財政縮減を進めることになった。これに対して、地方の左派勢力は保守党政権へ対抗すべく、機会均等や職業訓練、権限分掌などの施策を行ったが、これも財政赤字を悪化させるばかりで十分な効果は上がらず、90年代後半以降、強制競争入札制の導入などによって、市民=顧客の想定の下に直接的なサービス供給への依存をやめ混合経済と共に生きる道が選ばれることになった。

しかし、その結果はといえば、監査コストの増大とともに、歳費削減の影響は地域住民に対するサービスの削減をもたらし、地方行政は停滞し、中央の官僚的管理システムは肥大化を続ける一方であった。しかし、この「政策の混乱」から生まれたのがローカル・ガバナンスである。すなわち、一つの政策決定において、中央・地方政府機関、民間企業、第三セクター、NPO、コミュニティなど多元的なアクターが関与し、そのネットワークと相互調整・信頼によって、その決定過程がなされる状況がもたらされたのである。要するに、官僚制国家と市場という二分法では捉えることのできない中間領域が新たに立ち現れており、この「組織間のいくつもの自己組織ネットワーク」を通じて形成される政治過程が「ガバナンス」と呼ばれ、このガバナンスの複雑系を積極的に採り入れたのがニュー・レイバーによる住区協議会の設置を含めた一連の政策である。

ニュー・レイバーによれば、十分なサービス供給という点だけではもはや国家による介入を正当化することはできない。行政はガバナンスのシステムを通じて「付加価値」を提供しなければならない。この付加価値は「公共価値」と呼びかえられる。つまり、公共サービスの目的は公共価値を付加することにあり、公共価値が付加されないのであれば、そこに一切の正当性はない。そして公共サービスは「無料の」資源、つまり同意、法の遵守、公的な決定によってその価値が付加される。付加的な公共価値は、問題の解決に向けた協議を重ねることによる社会資本の蓄積によってもたらされるからだ。民主制社会の中で入手可能な付加的な資源を用いることにより、限られた財政の中でより多くの成果をあげることが可能となる。……

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