本日の中医協終了後、二号委員(診療側委員)全員と専門委員二名(日本看護協会の福井専門委員と日本放射線技師会の北村専門委員)とで「国立大学職員給与削減における医療人職員の取扱いに対する要望書」提出に関する記者会見が厚労省記者会会見室にて行われました(私は要望書の作成と記者会見のセッティングで勉強の機会を与えていただきました)。
- 「国立大学法人職員給与削減における医療人職員の取扱いに対する要望」(2012年6月27日・関係国立大学法人学長・医学部長・附属病院長宛)
- 「所管法人職員給与削減における医療人職員の取扱いに対する要望」(2012年6月27日・平野博文文部科学大臣宛)
- 「所管法人職員給与削減における医療人職員の取扱いに対する要望」(2012年6月27日・小宮山洋子厚生労働大臣宛)
- 「国立大学法人職員給与削減における医療人職員の取扱いに対する要望」(2012年6月27日・安住淳財務大臣宛)
- 「国立大学法人職員給与削減における医療人職員の取扱いに対する要望」(2012年6月27日・岡田克也行政改革担当大臣宛)
この要望書は、政府が、今年5月の閣議後の閣僚懇談会で、(国家公務員ではない)独立行政法人や国立大学法人等の全職員についても平均約7.8%の給与削減を行い、給与削減相当額分を運営費交付金等から減額する方針を打ち出したことを受けて提出されたものです。
この給与削減の背景には、周知の通り、平成24年2月に成立した「国家公務員の給与の削減特例に関する法律」によって国家公務員給与削減(平均約7.8%)が実施されていることにあります。そして、多くの国立大学法人は、上記方針を受け、関連規定の制定などに当たり、7月から給与削減の実施に入る流れになっているのです。
他方で、平成22年度、平成24年度の診療報酬改定は、病院勤務医等の負担軽減・処遇改善が重点課題として掲げられて行われています。そこで、同要望書では、「国家公務員の給与削減特例の適用は適用として、診療報酬改定の精神にありますように、医学部ならびに附属病院に勤務する医療人職員に対しては種々の工夫により処遇改善の手当てをして頂けるよう要望」しているわけです。
会見の模様をm3.comの橋本佳子編集長の記事「国立大学の医師らの給与削減、「待った!」―中医協の診療側委員ら9人の連名で、各大学に要望」から引用させていただきます。
この要望の提案者である、全国医学部長病院長会議相談役の嘉山孝正氏は、「7月からかなりの大学で給与削減を実行する形になる。医療現場が本当に多忙な中、過去2回の診療報酬改定で病院勤務医等の負担軽減を実施したが、医療職では同じ業務を実施しているにもかかわらず、国立大学法人に勤務しているが故に、処遇が悪くなるのは問題」と指摘。その上で、オールジャパンで医療に取り組む必要性から、診療側7人だけでなく、日本看護協会と日本放射線技師会の専門委員2人も含めた形で要望を出したことに意義があるとした。つまり、何らかの対応を要望する対象は、医師に限らず、歯科医師、薬剤師、看護師、診療放射線技師など、国立大学法人に勤務するすべての医療職になる。
京都府医師会副会長の安達秀樹氏も、「給与削減という方針は既に決定されている。この政策を覆すことが必要」とした上で、直近の対策として「診療報酬改定は、病院勤務医等の負担軽減というコンセプトで実施している。いろいろなやり方があるので、具体的な対応をしてもらえないかという提案だ。給与削減で大学のスタッフを維持できるかという懸念がある。内政干渉と言われるかもしれないが、この施策自体が異例であり、まずは各大学に対応を求めたい」と説明。さらに安達氏は、今の国立大学法人の医療職が、臨床、研究、教育を担当しているにもかかわらず、他学部と同じ給与体系であるという問題もあるとし、医療職の給与体系を抜本的に変更することも必要だとした。
各委員も、異口同音に要望を支持。「日本医師会の会員の半数を占めるのが勤務医。その中で、国立大学に勤務する勤務医の処遇改善は重要であるという認識であるため、嘉山氏の提案を受け入れた」(鈴木邦彦・日医常任理事)、「一般病院か大学病院の勤務かで色が付くわけではない。中医協委員の立場から、処遇改善を要望する」(万代恭嗣・日本病院会常任理事)、「中医協で、時間かけて議論してきたことと、相容れない施策が打ち出されたことは問題」(堀憲郎・日本歯科医師会常務理事)、「国立大学には薬剤師も多数いる。チーム医療や、病棟薬剤業務などを積極的にやり、より良い医療を提供しようとしている最中にこの問題が出てきたため、処遇改善を求める要望に賛同した」(三浦洋嗣・日本薬剤師会常務理事)。
同様に2人の専門委員も、「看護職員の給与体系、勤務負担はまだ改善しなければいけないことが多々ある。それが十分にできていない中で、賃金が低下すると、離職が懸念され、現にそうした声が聞かれる、何らかの対策を講じていかないと、2025年の医療供給体制を見据えた場合、十分な役割を看護職員が果たせない」(福井トシ子・日本看護協会常任理事)、「チーム医療が重要課題だが、その推進のために、人員確保と処遇改善を進めていくことが必要」(北村善明・日本放射線技師会理事)と、それぞれ支持した。
実際に、大学の場合を見てみると、附属病院の経営は、多額の長期借入金を引き継いだ独法化以来、毎年の運営費交付金の削減と低水準の診療報酬設定により、悪化を続けてきました。そして、そのなかでも現場では変わることなく高密度で高度かつ良質な医療を提供し、かつ研究、教育を行ってきたことから、その「ひずみ」が現場の一人ひとりの職員に押し寄せられ、「崩壊」が間近に迫っていました(詳しくは下記をご覧ください)。
- 嘉山孝正「医療の最後の砦の現状:特定機能病院(NCと大学病院)」(2009年11月27日・中医協基本問題小委員会提出資料)
しかしながら、2009年の政権交代以降、わが国の診療報酬点数(保険診療に対する対価)を審議する中医協において、大学での高度医療に精通している嘉山孝正先生が加わり、精力的な議論が交わされ、そうした認識が広く共有されるようになり、平成22年度、平成24年度診療報酬改定では、「医療崩壊」の危機からの脱却を目指し、病院勤務医等の負担軽減・処遇改善等の重点課題のもとに、大学附属病院をはじめとする特定機能病院に対する重点配分がなされました。こうして、まずは当面の危機を回避しつつあるのが大学附属病院の現状です。
しかし、それでも国立大学附属病院の職員給与は一般的に他の医療施設や民間病院等に比べ水準が低いことに変わりはなく(医師であっても「教育職」扱いで文科系教員等と同様の給与体系)、医師をはじめ恒常的な職員不足が続いています。そうしたなか、直近の診療報酬改定の理念に反して、今回の方針による給与削減を一律に行えば、多くの有能な医療人材のモチベーションの低下と流出を招くことは必定です。
国立大学附属病院において安全・安心な高度かつ高密度の医療を最前線で支えているこれらの医療人材が流出してしまうことになれば、代替のきかない大学病院機能が大幅に低下し、国立大学附属病院を最後の拠り所にしている大勢の患者は甚大な不利益を被ることになります。さらには、研究、教育面でも重大な支障を来し、多くの国民に多大な影響を及ぼす全面的な医療崩壊が引き起こされかねません。
したがって、国立大学附属病院が、これからも引き続き国民の期待に応えるべく安心・安全で代替なき高度かつ高密度の医療を提供し、かつ教育・研究の使命を果たしてくために、今回の職員給与削減に当たっては、医学部ならびに附属病院に勤務する医療人職員に対して、種々の工夫により処遇改善の手当てをして頂くことが不可欠なのです。
したがって、私見ではありますが、今回の給与一律削減の方針はあまりに筋が悪いといわざるを得ません。ちなみに、私は医学部に所属していますが医療職ではありませんので、いずれにせよ、給与削減の対象になります。
本件に関して、共同通信で下記の記事が配信されています。
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「国立病院の給与削減に反発 民間への医師流出を懸念」
政府が国家公務員の給与削減に合わせ、国立大付属病院や国立病院にも給与引き下げを求めているのに対し、勤務医らが「民間より低い水準をさらに引き下げると、人材流出と医療崩壊を招く」と反発を強めている。
政府は給与削減に向けた労使交渉を急ぐよう病院側に要請しているが、現場の医師は慢性的な人手不足や過重労働の中で、がん治療などの高度医療や地域の救急医療を担っていると訴えており、交渉は難航しそうだ。
国家公務員の給与は、東日本大震災の復興費に充てるため、4月分から平均7・8%減らされている。政府は5月、削減対象を国立大や国立病院を含む独立行政法人の職員にも拡大すると表明し、独法の人件費にも使われる運営費交付金や補助金の支出を減額する方針を示した。
全国45の国立大付属病院でつくる病院長会議などによると、国立大病院の医師の平均年収は、40代の助教で822万円(2008年度)。全国に約140ある国立病院の勤務医の平均年収は、厚生労働省調査で1468万円(10年度)だ。
一方、民間病院の勤務医の平均年収は1550万円で、開業医は2755万円(10年度)。病院長会議は「これ以上格差が開けば、国立離れに拍車が掛かる」と危機感を募らせている。
また地方自治体が運営する約900の公立病院の医師は地方公務員のため、政府は明確な給与削減を打ち出していないものの、「国をよく見て対応していただければありがたい」(安住淳財務相)と同調を求めている。
地方公立病院の勤務医の平均年収は1540万円(10年度)。全国自治体病院協議会は「過疎地の病院や激務の職場では高い給与で医師をつなぎとめているのが実態。待遇が悪くなれば確保できる保証はない」と地方への拡大を懸念している。
共同通信社 7月2日(月) 配信
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なお、いつものことですが、上記記事中の「開業医は2755万円」は、ミスリーディングではないでしょうか。この数値は、あくまで(一般に経営状態がよいであろう)医療法人立の診療所に限った場合の給与であり、過半数(約6割)を占める個人立の診療所は含まれていません。しかも、開業医の場合は経営リスクを負っており、勤務医とは身分が大きく異なります。
そして、(借入金返済・設備投資、退職金引当金などがかかる)個人立診療所について、その手取り年収を勤務医の手取り年収と比較すると、その差は随分と小さくなります。開業医の平均年齢(59.4歳)が含まれる55~59歳の年齢階級で比較すると、勤務医は約1,200万円、開業医は約1,470万円で約1.2倍。さらに、60~64歳で見ると、その差は、1.1倍にまで縮まります。
http://www.jmari.med.or.jp/research/dl.php?no=367
医師、看護師は言うには及びませんが、実はチーム医療を支える医療技術職の採用は
ほとんど任期付き採用です。このため、国のがん治療施策の柱の一つである放射線治療を支える高度の教育を受けた医療技術職が全く集まりません。強度変調放射線治療など、現在は今までのスタッフでやりくりしてますが、長いOJTが必要なため、お先真っ暗な状態です。国立大学法人医学部附属病院が放射線治療を継続できるのはいつまででしょうか。。。
コメントありがとうございます!
中医協でも、前回改定から、技師の方の専門的技術はもとより、治療機器の保守点検・品質管理に対する評価も進んでおり、私もその重要性を理解しているところです。24年度改定では、その流れで「外来放射線照射診療料」が新設されました。
任期付き採用の実際は、これから調べてみたいと思います。