11月7~9日に佐賀大学で開催された日本都市学会において、拙著『移動する地域社会学―自治・共生・アクターネットワーク理論』(知泉書館)が受賞した日本都市学会賞の授賞式がありました。
スピーチ内容は事前に考えていましたが、大変緊張していたため、抜けてしまったところもありました。そこで、「本当は話したかった」内容を加筆修正しつつ文字起こしをしました。

スピーチ原稿(文字起こし)
このたびは、日本都市学会賞という、望外の栄誉を賜り、身に余る光栄に存じます。
まずもって、拙著『移動する地域社会学――自治・共生・アクターネットワーク理論』をご推薦くださいました東北都市学会の松村茂会長に心より御礼申し上げます。そして、野村理恵委員長をはじめとする選考委員の諸先生方に、深く感謝を申し上げる次第です。また、日頃よりご指導ご鞭撻を賜っております日本都市学会のすべての会員の皆様にも、厚く御礼申し上げます。
今回の受賞には、私にとって特別な思いがあります。
と申しますのも、私の恩師であります吉原直樹先生も、同賞を1995年に受賞されているからです。その対象作となりました『都市空間の社会理論』は、私が大学院進学を決める際に、『アジアの地域住民組織』とともに初めて手に取った先生のご著書でした。
その吉原先生から、私が2004四年に博士後期課程へ進学した際、まずはじめに日本都市学会に入るよう、強く勧められました。先生は、その理由をこうお話しくださいました。「都市研究を行う場合、ひとつの学問分野の知見だけで、現場の実践を捉えきることはできない。自らの知見が常に限定的なものであることを自覚し、それを見直し続けていくために、この学際的な日本都市学会は格好の場であるから」と。
その言葉に従い、学会に籍を置かせていただいてから20年余り、国内外のさまざまな都市でフィールドワークを行い、その都度、東北都市学会、日本都市学会の場で発表を続け、諸先生方から多くのご示唆をいただいてまいりました。今回の受賞作は、まさにその営為のなかで結実させたものです。
本書で私が探求しようとした課題は、恩師が切り開いた地域社会学(古くは農村社会学)の地平から、一歩踏み出すことにありました。
吉原先生をはじめとする地域社会学では、都市における「共同性」について、卓越した知見を蓄積してこられました。すなわち、単に人が集まるだけで、自然に共同性が出来上がるのではない。共通の生活の「問題」を媒介として、時には中央権力とのせめぎあいのなかで、はじめて共同性が生まれ、公共性も創り出されていくのだ、と。
しかし、私自身の問題意識は、その先にありました。なぜ、共通の生活の課題がすぐそこに存在しているにもかかわらず、ある地域では共同性が成立し、ある地域では成立することがないのか。もしそうであるならば、「生活の課題が人びとをつないだ」という因果関係は、共同性が成立した後に、事後的に構築された「物語」にすぎないのではないか。
この問いを携えて、各地でフィールドワークを重ねるうちに見えてきたのは、次のような動態でした。共通の問題が「始めからそこにあって」人びとをつないだ、というよりも、むしろ、リーダー層を中心に、より多くの人びとが「つながれるように」、その共通の問題が組み直されていく。そして、そのプロセスにおいて、リーダーも、地域の人びとも、さらにはその「共通の問題」とされる対象自体も、互いに影響を受け、変容していく。
この相互変容のプロセスこそが、地域という共同性・公共性の成立の鍵を握っているのではないか。本書では、そうした地域社会の動態を描き出す営みを「移動する地域社会学」と名付けました。
そして、この複雑な動態を描き出すために、私がもっとも適した調査法であると考えたのが、あらゆる存在――人間も、モノも、制度や想念も――をフラットに記述するアクターネットワーク理論です。アクターネットワーク理論は、特定の理論的な枠組みを「当てはめようとしない」という点で、まさに学際的な都市研究にふさわしい理論です。
とはいえ、ご承知の通り、アクターネットワーク理論は難解で知られる理論です。ですが、奇しくも30年前、吉原先生が『都市空間の社会理論』において、当時の難解な新都市社会学の理論群と正面から向き合われたように、不肖の弟子ながら、私もまた、本書の第一部で、このANTという理論の意義を、都市研究の文脈で体系的に明らかにしました。
そして第二部では、この調査法に則り、国内外のさまざまなフィールドで、この「共通の問題が組み直されていく動態」を描き出すことを試みました。仙台市のある地域における伝統文化をめぐる新旧住民の相互変容。バリ島のサヌール市におけるコミュニティベーストの観光開発と、それに伴う儀礼や慣習の刷新。マカオのポストコロニアル状況下における住民組織の変容。さらには、山形市における防災NPOと「地域協働体」の形成、東日本大震災の被災地支援の現場、そして青森県西北五地域における自治体病院の再編プロセス。
これら一見するとバラバラな事例のなかに、私は、人びとが「問題」を組み直しながら共同性と公共性を立ち上げていく動的なプロセスを見出そうと試みるとともに、アクターネットワーク理論の限界もまた浮き彫りにさせました。
吉原先生が切り拓かれた地平に、ほんのわずかでも新たな展開を加えることができたとすれば、不肖の弟子として、これに勝る喜びはありません。もちろん、30年前に『都市空間の社会理論』が放った圧倒的なインパクトに比べれば、拙著の成果はまだまだ微々たるものです。この栄えある賞の名を汚さぬよう、これからも都市の現場に真摯に立ち続け、研究に邁進して参ります。
最後に、学会への貢献について、一言だけ失礼いたします。これまでの私は、学会誌の査読を毎年お引き受けする程度のことしかできておりませんでした。私は、ウェブサイトの構築などを得意にしていますので、今後は、本学会の「ネットワーク」、とりわけ、学会のデジタル基盤の強化などでお役に立てることがございましたら、いつでもお声がけいただければ幸いです。
本日は、誠にありがとうございました。