恩師である吉原直樹先生のもとで、数々の学術翻訳に携わらせていただきました。
幸い、多くの方から「読みやすい」との評価をいただいています。
私の翻訳法は、大学院生時代に吉原先生に鍛えていただいたものですが、根本的には、ベルクソン研究者である岡部聰夫先生のひそみに倣ったものです。
「明瞭に表現された誤謬は、曖昧な正しさより、はるかに貴重」
岡部先生は、私が高校生(正確には高専生)の時分から哲学読書会にお誘い頂き、経験的な哲学に目を向けるきっかけを作ってくださいました。岡部先生は、『物質と記憶』の新訳『物質と記憶力』のなかで、「日本語として意味不明の訳文が、すべて語訳であることはいうまでもない」と宣言されたうえで、こう指摘されています(澤瀉久孝先生とのエピソードだとお伺いしています)。
むかし、ひとつのパラグラフを訳すごとに、「テキストから目を離して」、「自分自身の言葉で」説明することをつねに求められたが、これはたんに、自分自身に感情的基盤のない言葉は決して使わないというだけではなく、間違ったとらえ方をした場合であっても、もしそれが明瞭な言葉で表現されていれば、これを正しい道を見いだすための手がかりとして利用できるからであった。この意味で、明瞭に表現された誤謬は、曖昧な正しさより、はるかに貴重なのである。(473頁)
私自身もまた、「テキストから目を離して」、「原著者が日本語話者だったらどう表現するだろう」と一呼吸置くクッションを入れることで、「よく意味は分からないけれど、辞書の訳語を当てはめればこうなる」という惰性を避けるよう努めてきました。
おすすめの翻訳指南書籍
もちろん、心構えだけでは翻訳技術は上がりません。何よりも大切なのは経験と反省だと思いますが、今よりもはるかに経験が不足していた院生時代は、ほぼすべての翻訳指南書籍を読み込みました。
とくに面白かったものをご参考までに紹介します!
- 中村保男『創造する翻訳―ことばの限界に挑む』(研究社、2001年)、『英和翻訳の原理・技法』(日外アソシエーツ、2003年)。辞書に載っている訳語を組み合わせて日本文を作っても翻訳にはならないことが、「これでもか」と突き付けてくれます。
- 三好弘『すぐつかめる英語翻訳のコツ』(朝日出版社、1980年)。受験英語で「固まった」言語感覚を崩してれる一書(私は大学受験はしていないのですが……)。タイトルは安直さそのものですが、言葉のしなやかなさへと読者を誘い込んでくれます。
- 中原道喜『新英文読解法―本格的な読解力を確実に』(聖文新社、2003年)、『誤訳の構造』(聖文新社、2003年)。もちろん、大学受験レベルの読解力では話になりません。堅牢でありながらもしなやかな思考力と感受性の条件を教えてくれます。
- 佐々木高政『新訂・英文解釈考』(金子書房、1980年)。英文の世界に浸かり触れることで、本当に翻訳すべき「実質」が見えてきます。
翻訳に役立つサイトもあります!
- DictJuggler.net - ここの『類語玉手箱』と『翻訳訳語辞典』は一級品。
- 翻訳通信 - 翻訳家・山岡洋一氏主宰。
- EPWINGコンソーシアム - 電子事典共通規格EPWING対応ソフト一覧。DDwinなどで複数辞書が串刺し検索できます。
- 日英対応付けコーパスの検索 - 情報通信研究機構自然言語グループ提供の日英新聞記事対応データ。
- グローヴァ怒涛の訳例辞書 - 私はほとんどお世話になりません。