『2024年度ゼミ卒論集』を発送します!~まえがき公開

今年度もゼミの4年生たちが『ゼミ卒論集』を作成してくれました。卒業論文の調査にご協力いただいた方々へのささやかな「お返し」として、卒業式を前に、学生たち自身が発送作業を終えたところです。

今回は佐々木寛和さんが素敵な表紙イラストを描いてくれました。表紙が持つ力は不思議なもので、その一枚で論集全体の印象がぐっと豊かになりました。

本ブログでは、この『ゼミ卒論集』に掲載した「まえがき」の全文(一部、匿名化)を公開します。

なお、卒論の各論文と「あとがき」は、学内アクセス限定で学部ゼミのページからご覧いただけます。

まえがき

社会学は、狭い学問世界に閉じこもったものではなく、日常のなかで実践されるものです。私たちは誰であれ日々、他者を観察し、他者と関わり、他者との関わり方を作り出し、他者とともに意味を生み出しています。このこと自体が、さまざまな存在をつなぐという意味で社会学的実践であるとも言えます。社会学を学び実践することは、そうした営みを客観的に観察し理解するのではなく、その営みに関わりあうことに他なりません。

本論集に収められた卒業論文は、社会学の徒である学生たちが〈いま〉の社会―人と人の関係、人とモノの関係、それらを成り立たせている仕組み―に対するそれぞれの関心と問題意識をもとに、新潟の各地のフィールドと関わりあおうとした成果です。

S.Kさんは、現代の情報消費社会における演劇の可能性を探っており、単なる芸術鑑賞の分析にとどまらず、情報時代における演劇の役割を問い直そうとしています。とくに、情報消費としての観劇体験がどのように変容しているのかを検討した点に意義があります。I.K.さんは、音楽フェスを地域活性化の視点から考察しており、単なるイベントの経済効果の分析にとどまることなく、フェス出演者の成長を通した文化的アイデンティティの創出や地域の共同性の再編の可能性にも視野を広げています。

T.S.さんは、「ホームレス」状態にある人びとへの伴走型支援をテーマに取り組み、支援の現場を何度となく訪れ、参与観察を実施するなかで、制度的支援の限界を示すとともに、居住空間や乾燥野菜作業などを媒介にした関わり合いのなかで支援が柔軟に形成されていくさまを浮かび上がらせています。N.S.さんは、ネットワーク型のひきこもり支援に焦点を当てて、個々の支援機関が持つ役割だけでなく、複数の機関が連携することで生まれる新たな支援―複数の他者性の確保によるひきこもり当事者の自己承認の可能性―を描き出しています。T.M.さんは、反喫煙運動と喫煙者像の構築をめぐって調査を進めることで、健康志向が強まる現代社会において喫煙者が「異質な他者」として位置づけられていく一方で、実際には具体的な人間関係のなかで喫煙者と非喫煙者との関係が構築されているさまを描き出しており、社会的スティグマの形成を乗り越える道をも探ろうとしています。

S.M.さんは、岩室温泉地区における共同性の変容に目を向け、近代化による伝統的共同体や祭礼の衰退という図式的理解にとどまることなく、温泉や祭礼といった地域資源を媒介とした人びとの変容という視点から読み解き直すことで、新たな共同性の構築に目を向けるための手がかりも提示しています。H.Y.さんは、やせ礼賛文化のなかで若年女性がいかに自己の身体を受容しているのかに着目し、内と外の二分法に根ざしたナイーブな自己受容論を超えて、さまざまな規範・基準を取り込むことで自己受容に至るプロセスを描き出そうとしています。

他方で、彼/彼女たちの取り組みを通して私はひとつの反省に迫られることにもなりました。私は、卒業論文の指導に際して、無意識のうちに、純粋に学術的な「社会学的意義」を求めてしまうきらいがありました。もちろん、先行研究の渉猟などといったことは間違いなく重要ですが、そうしたことにこだわるあまり、学生たちが自らの切実な問いに向き合うためのサポートが十分にできなかったのではないか。学生自身が社会と自己との関係を深く問い直し、時には迷いながらも調査と思考を積み重ねていくなかで、「意義」や「学術性」といった枠組みを押しつけようとすることで、学生たちの自由な探究を妨げることになってしまったのではないか。現代社会において個々の経験は断片化し、人びとが「共有するもの」は希薄になりつつあるなかで、もはや純粋に学術的な「社会学的意義」は、真の意味で学生たちを結びつけるものにはなり得ないのではないか。その結果として、調査や考察を十分に深めることができなかったのではないか。

しかし、そうした拙いゼミ運営のなかでも、学生たちは、同期のあいだで議論を深め、後輩からの指摘にも真摯に耳を傾けながら、フィールドワークを進めることで、自らの問題意識を明確なかたちにして、社会のあり方を問い直そうとしてくれました。これらの論文が、執筆した学生にとっては自己変容をもたらす成果となり、そして後輩たちにとっては新たな問いを生み出す契機となることを願っています。私もまた学生たちの実践に学ぶことで、今後も学生たちが「私の切実な問い」を「私たちの切実な問い」に変換していけるように支援できる存在でありたいと思います。

最後に、卒業論文の作成にあたり、調査に協力してくださったすべての方々に深く感謝いたします。社会学の探究は、一人の思索だけで完結するものではなく、多くの人と関わりあうなかで新たな視点が生まれ、深まっていくものです。協力者の方々が提供してくださった言葉や経験は、単なるデータではなく、「私たち」という集合性をかたちづくってくれるものです。この場を借りて、改めて心より御礼申し上げます。

どのような学問も「驚き」に始まり「驚き」に終わります。社会学もまたその例外ではありません。社会学は、どこまでも問い続けることによって、私たちをどこまでも豊かにしてくれる学問です。本論集が新たな「驚き」のきっかけを創り出してくれることを願っています。

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