伊藤嘉高「サービス付き高齢者向け住宅における『移動』と『地域居住』」所収『立命館大学人文科学研究所紀要』刊行

私たちは人生の終盤をどこで、どのように暮らしたいのでしょうか。多くの人が「住み慣れた地域で、できる限り自立して暮らしたい」と考えます。しかし、実際には介護の必要性や住環境の問題から、自宅での生活を続けることが難しくなるケースが増えています。そうしたなかで注目されているのが、「サービス付き高齢者向け住宅」(サ高住)という選択肢です。

サ高住は、高齢者が安心して暮らせるよう、バリアフリーの居住空間と生活支援サービスを提供する住宅です。政府も推進し、全国的に住宅数が増加してきました。しかし、サ高住への転居はどこまで「地域居住」を実現する手段となり得るのでしょうか。

本稿では、新潟市内のサ高住に転居した高齢者の実態を描き出しています。心身が自立している入居者の場合でも、その多くは自らの意思で転居を決めたのではなく、医療機関や家族の勧めによるものでした。また、転居前に築いていた地域のつながりが断絶し、新たな関係を築くことも容易ではないという現実が浮かび上がりました。

特に明らかになったのは、サ高住が「住まいとケアの分離」を理念とするがゆえに、入居者同士の関係構築が自然には生まれにくいという問題です。かつての町内会のような地域社会の共同性は、単なる「同じ地域に住んでいる」というだけでは生まれず、共通の課題や関心事(「議論を呼ぶ事実」)が媒介となって初めて形成されるものです。しかし、多くのサ高住ではそうした媒介が欠如しており、入居者同士の関係が希薄になりがちでした。例えば、趣味やレクリエーション活動を通じて新たなつながりを築くケースもありましたが、それは一部の入居者に限られていました。

さらに、サ高住内でのケアのあり方も、個人の「自己決定」に強く依存しており、それが逆に「誰にも頼れない」という状況を生んでいる場合もあります。こうした課題を乗り越え、「老い」を個人の問題ではなく「議論を呼ぶ事実」として共有し、サ高住の入居者がともに考え、支え合う自治の仕組みを作ることが、今後の「地域居住」のあり方として求められることを指摘しました。

そうした視点に基づき、現在、新たな調査を進めており、その成果は別の論文で発表する予定です。

書誌情報

伊藤嘉高, 2025,「サービス付き高齢者向け住宅における『移動』と『地域居住』」『立命館大学人文科i学研究所紀要』142: 59-80.

要旨

サービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)への転居という移動がもた らす「地域居住」と「生の自律」の実態について、新潟市内のサ高住に居住する高齢者 11 名を対象に、それらを本質視することなく事物の連関に焦点 を当てるアクターネットワーク理論に基づくインタビュー調査を行った。

多くの入居者は自発的な転居ではなく、医療機関や家族の勧めによるものであり、転居前の地域コミュニティのつながりや人間関係が断絶していた。また、 転居後にサ高住外での新たなつながりを形成するケースは限られており、サ高住内での新しい人間関係の構築も困難であった。その背景として、趣味や 娯楽などの媒介を欠いた場合に、人間関係が深まらない傾向があることが挙げられた。

本調査からは、サ高住における「地域居住」が、単に地理的に同 じ地域に住み、サービスを自己決定により選択することで成し遂げられるも のではなく、住宅内外での人やモノとのつながりの構築が不可欠であることが浮かび上がった。

そうしたつながりのなかで、はじめて入居者の老化が 「厳然たる事実」ではなくなる。こうして自身の健康が「議論を呼ぶ事実」と なり、これにより人びとが結びついていくプロセス(ケアに根ざしたサ高住 の自治)こそが地域居住の伴をなしている可能性を指摘した。そして、その可能性を探究する「モバイルな」調査の条件を最後に示した。

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