伊藤嘉高, 2006, 「都市社会学の貧困または奢侈―マイク・デイヴィス著、Planet of Slums を前にして」『社会学研究』80: pp.245-58.
要旨
ロサンゼルスの都市社会学者マイク・デイヴィスは、『要塞都市』以来、世界の衆目を集めるイコンとなっている。本稿では、デイヴィスの最新作Planet of Slumsをそれまでの研究動向を踏まえレヴューする。デイヴィスの著作に対する学問的評価のアンビバレントさは、今日の都市の様相が有するポストモダン性に由縁するともとれる。すなわちデイヴィスは、現実のポストモダン的な「都市のレジーム」に対して、同様にポストモダン的態度をとりつつも(典型的には脚注の過剰さ)、その恣意性を覆い隠すべく、近代主義的・古典マルクス主義的に都市を客観的に把捉しようとする態度を見せるために、その学問性・科学性が批判されるのである。
しかし、デイヴィスの鳥瞰的な視点の妥当性を否定することはできない。我々には、そうした鳥瞰的な視点を保持しつつも、それだけでは見ることのできない、場所に根ざした営みに発する非近代的な空間の政治学に向けての分析枠組みが求められている。
……と、論文では大雑把な批判で終わっている。その後の展開は、博論の終章に記した。
冒頭抜粋
それまでのシカゴ派都市社会学に代わって、フレドリック・ジェイムソンやエドワード・ソジャに代表されるロサンゼルス学派都市社会学/地理学が確立したのが一九八〇年代のことである。すなわち、LA学派は、都市のリストラクチャリングと新しいフレキシブルな蓄積体制というポスト・フォーディズムの輪郭に対するネオマルクス主義的関心を、ロサンゼルスという都市空間のプリズムのうちに見いだしたのであった。
本稿で取り上げるマイク・デイヴィスもまたUCLAで都市社会学を専攻しており(とはいえ彼は工場労働者やトラック運転手など職を転々とするたたき上げの左翼的活動家であった)、ロサンゼルス学派の一員とみなされていた。ところが、一九九〇年の『要塞都市』(Davis 1990=2001)の刊行を機に、その名は一躍、全米に轟くことになった。読者層が左翼系の学生・研究者を超えたベストセラーとなったのである(その後も、『恐怖のエコロジー』(Davis 1998)、『死都の物語ほか』(Davis 2002)等で広範な読者層を得ている)。
しかし、このデイヴィスの成功が「真に」学術的なものであったといえるのかについてはやや疑問が残る。まず、博士論文として書かれた『要塞都市』の草稿はUCLAに受理されなかったし、今なおテニュアーに就いてもいない。かつてソジャは次のように彼を評したことがある。「マイクは才気にあふれ何を言い出すのか分からない奴で、すぐれた政治ジャーナリストでもあるが、こうした性格はいずれも主要な大学では仲間として受け入れられるものではないだろう」(Schaz 1997による)。
デイヴィスの成功の背景の一つには、ポストモダニズム的な文体を特徴とするLA学派の研究者とは対照的な、明快かつ平明な著述スタイルにあるといえるだろう。ポストモダン文化の自律性に身を委ねきってしまうことなく、デイヴィスは「いつもの物質的関心が、ロサンゼルス全体を文化の街として新たに価値づけるように、そしてとりわけ大開発地区のかなめに文化資本を集中させるように、巨大ディベロッパーを駆り立てているのだ」(Davis 1990, p.71. 訳七三頁)と主張する。確かに、ポストモダン社会地理学は、きらびやかなポストモダン都市のダークサイドを浮き彫りにしたが、差異と同時性とを強調するあまり、脱構築すべき対象に妖しい魅力を与えている面があることは否定できない。……