平成26年度の予算決算から適用される地方公営企業会計制度の見直しが、自治体病院の経営を直撃する。そして、自治体間での病院の「統合」を視野に入れなければ、その地域での病院医療の提供そのものが危うくなりかねない事態が訪れようとしている。
自治体病院を含む地方公営企業の会計制度が46年ぶりに抜本的に見直される。地方公営企業の会計基準は昭和41年以来大きな改正がなされておらず、近年、地方公営企業会計と企業会計原則の制度上の違いが大きくなっている。そこで、企業会計制度との整合性を図り、相互の比較分析を容易にするためにも、見直しが行われることになったのである。
したがって、自治体病院についても、民間病院との経営比較が容易になり、その経営状態が「可視化」されることになる。具体的には、借入資本金の負債計上、退職給付引当金など各種引当ての義務化、さらには、いわゆる「みなし償却制度」の廃止などがなされる。見なし償却制度とは、固定資産の取得に伴い交付される補助金・負担金を取得価額から控除した額を基礎に減価償却ができる制度である。
詳細は「地方公営企業会計制度等研究会報告書」(総務省、平成21年12月24日)に詳しいが、本記事では、山形県の日本海総合病院のケースを取り上げ、その具体的影響をみる(日本海総合病院は地方独立行政法人会計基準を適用しているが、地方公営企業会計の変更点と相同するものについてみる)。
目次
健全経営の日本海総合病院の場合
日本海総合病院(646床)は、旧山形県立日本海病院と旧酒田市立酒田病院の統合再編によって、2008年4月に設立(独法化)され、今日では、全国有数の健全経営で知られる病院である。旧会計基準で、23年度の医業収支比率は103.7%(+10.5億円)、各種負担・補助金含めた経常収支比率は105.2%と黒字経営を続けている(ちなみに、新聞報道で良く目にする自治体病院の「黒字化」とは、自治体や国からの補助金、一般会計負担金を含めた経常収支の話である―山形県立中央病院の場合、その額は30億円を超える)。
そして、新基準を取り入れた場合の23年度会計について、昨年、栗谷義樹院長と佐藤俊男事務局長(当時)に個人的にご教示頂いた内容を私なりにまとめる。
貸借対照表
まず、貸借対照表(バランスシート)に対する影響をみる。旧会計では、資産305億1,597万円、負債170億3,814万円、純資産94億2,046万円である。これに新会計基準が適用されると、(1)償却資産の取得に伴い交付された補助金・一般会計負担金等(9億4,347万円)が「長期前受金」として、純資産から負債に振替えられ、(2)退職給付引当等の引当て義務化により、40億5,737万円が負債計上されることになる(ただし、日本海病院ではすでに負債計上済み)。なお、退職給付引当金は、とくに小規模団体では一般会計等が全額負担する傾向が見られるが、その場合は、引当不要である。
この結果として、下図の通り、資本が減り、負債が大幅に増えて内容が悪化することになる。さらに、自治体病院の場合、このほかに借入資本金が負債計上されることになる(地方自治体の一般会計からの「資本提供」とみなされてきたが、経費のどの部分が税金で負担されているのかを明らかにする必要があるため負債計上されることになる)。こうして一部の自治体病院のバランスシートは、民間であれば経営破綻しかねない債務超過に陥ることが想定される。
損益計算書
次に、損益計算書に対する影響を見る。22年度の医業収益は161億3,312万円、医業費用は150億8,463万円であり、医業収支は10億4,850万円であった。新会計基準では、これに、引当金繰入(9億6,633万円)が計上されることになる。そして、みなし償却制度の廃止により減価償却費が数億円増加する。
これらの結果、下図の通り、医業費用が10億円以上増加することになる。健全経営を続けてきた日本海総合病院ですら、収支がマイナスに転落してしまうのである(なお、会計制度に対する私の理解は入門書レベルであり、思わぬ誤りがあるかもしれない。その場合には、すべて私の責任である。ご指摘頂きたい)。
あくまで会計上の変更ではあるが……
以上の見直しはあくまで帳簿上のものである(追記:つまり、キャッシュフローに影響するものではない=直接、資金繰りが付かなくなることを意味しない)。しかし、これにより、会計基準が私的企業と相通じたものとなり、民間病院との経営比較が容易になる。そして、その結果、各議会からの病院経営改善の圧力が一層強まることになるだろう。一応の繰入基準が定められているとはいえ、自治体財政の悪化、規模縮小のなかで、今後もこれまで通りの繰入や補助金が続いていく保障はない。
考えてみれば、この人口縮小時代に、「1自治体に1病院」(総合病院)という発想がもはや成り立たないのではないか。自治体病院の経営は、「公立病院改革ガイドライン」以降、改善がすすんでいるとはいえ、経営効率の悪さは、現場の医療者や事務系職員の努力によって対応できるレベルを超えている。これまでのように現場に押しつけるだけであれば、それこそさらなる医療崩壊を引き起こすことになりかねない。
現実論として、自治体間での病院の「統合」を視野に入れなければ、地域医療の提供そのものが危うくなる事態が訪れようとしているのである。
さらに視野を広げて考えてみると、「統合」によって病院経営の改善が進めば、非効率な病院を抱えてきた自治体の財政本体にも好影響を及ぼすことができる。つまり、それぞれの自治体が自前の病院を維持するために拠出していた繰入や補助金が減額されることで、その分を財政健全化や政策的投資に回すことができるのである。
とはいえ、もちろん、地域の住民が必要な医療が受けられなくなる事態は避けなければならない。自治体病院再編のモデルケースとされる山形県置賜地方の病院再編・集約化の場合、(再編前の状況と比べて)地域住民からアクセス面での不満は高まっておらず、集約化の方向性は概ね評価されている(伊藤嘉高、村上正泰、佐藤慎哉、新澤陽英、嘉山孝正「自治体病院再編に対する住民サイドからの事後検証―置賜総合病院を核とした自治体病院再編を対象にして」『日本医療・病院管理学会誌』2012; 49 (4): 27-36)。こうしたバランスの取れた再編・統合が必要である。
このように、経済最優先の姿勢は排されなければならず、自治体病院の意義は十二分に認めなければならないが(「社会民主主義の舞台としての自治体病院―伊関友伸『自治体病院の歴史』」の記事も参照されたい)、必要な限りの自治体病院の再編・統合は、医療従事者の負担軽減=持続的かつ安定的な医療提供のみならず、「地方の時代」における新たな自治体経営にとっても寄与できるものとなるだろう。
追記(2013年2月24日)
日本海病院の経営に問題があるとの誤解を招かないよう、「あくまで会計上の変更ではあるが……」節冒頭の「以上の見直しはあくまで帳簿上のものである」のあとに、「(追記:つまり、キャッシュフローに影響するものではない=直接、資金繰りが付かなくなることを意味しない)」と追記しました。
また、以上の制度変更に惑わされることなく、地方公営企業の意義(そして、自治体病院の特殊性)を訴えることこそが重要なのではないか、との大変貴重なご教示を戴きました。これから勉強します。まずは、伊関友伸先生「自治体病院の存在意義はどこにあるのか」『病院』2011年03月号(特集:自治体病院の存在意義)から。
http://www.igaku-shoin.co.jp/journalDetail.do?journal=34208