地域社会学者の鈴木鉄忠さんから前橋国際大学でのゼミ活動(学生によるフィールドワーク)の成果である『「見知らぬ私の地元」の探究―前橋・赤城スローシティのフィールドワーク』(上毛新聞社)をご恵送頂きました(※鈴木さんは4月から東洋大学に異動されています)。
前橋市は、地域の自然環境や伝統文化を保全して活用する国際的な連携組織であるスローシティ(チッタスロー)協会に加盟しており、日本では、気仙沼市に続き2都市目になります。
この記事では、まさに「スローな生き方」の実践でもあった鈴木ゼミの活動記録を紹介します!
地域社会をみる5つのレンズ
鈴木さんのゼミでは、前橋を舞台にどのようなフィールドワークが行われたのでしょうか。まず、鈴木さんは「地域社会」をみる「5つのレンズ」として、地理性、共同性、生態系、場所性、建築物をあげています。本書第1章では、「地域社会」は決して自明なものではなく、これらのレンズを通してみえてくるさまざまなプロセスが複雑に折り重なって成り立っている(あるいは成り立たなくなっている)ことが説かれます。
そのうえで、第2章では、地域社会を形成するさまざまなプロセスをつなぎ直す原理として「スローに生きる」ことの意義が確認されますが、そこでは「ファスト/スロー」の二項対立には陥らない「注意深さとしたたかさ」が求められるといいます。
つまり、脱ファスト一辺倒ではなく、「よく生きる」ために、ファストなものもスローなものも「じっくりと」吟味して取り入れていく姿勢とその仕掛け(たとえば、サードプレイスづくり)こそが、「スローに生きる」ということのようです。
ここまでの記述は、学生にとっても非常に分かりやすく整理されています。
「逆に火が付いた。それならやってやろうじゃないか」
実際のゼミでは、計16回の現地調査を重ねて、「若者にスローシティの魅力を周知し訪れてもらいたい」、「前橋市だからこその歴史や景色を発見・発信したい」という方針が決まり、赤城古民家IRORI場を拠点に、散策マップ作りが始まりました。
4か月以上かけて試作品のマップが完成しますが、掲載許可を得るために訪ねた店舗の店主から厳しい評価を受けてしまいます。
「これだとちょっとつまらないですね……手に取ってくれる人はほとんどいないと思いますよ」という厳しい評価が待っていました。しかし改善点についても丁寧に教えてくれました。「営業時間の情報など入らない。いまはスマホで調べるから。代わりにもっと資格情報を入れた方がよいです」「お客さんはこの地図に載っているから店に行くのではなく、面白そうだから行くのです。だからもっと地図で遊んだ方がいいのでは」というようにです。仕事の手を休めて、2時間も割いて対応してくれたと、あとで学生から教えてもらいました。
(pp.62-3)
この意見を採用することは、マップ作業がほぼ「振り出し」に戻ることになるのですが、完成予定日まで1か月半しかありませんでした。しかし、ゼミ生たちの選択は、「一からやり直す」でした。
「これで逆に火が付いた。それならやってやろうじゃないかと思いました」とある学生は後に話していました。……〔店主の方は〕仕事の忙しさを理由に見て見ぬふりだってできたはずです。またマップに自分の店舗が載ったからといって、翌日から売り上げが倍増するわけではありません。適当にあしらうのでも損得勘定で対応するのでもなく、……真剣に向き合ってくれたのです。
(p.63)
確かに、学生に真剣に向き合うからこそ、学生の真剣さが生まれることはありますよね。私も、学部3年の調査実習で、はじめてのインフォーマントの方に「忙しい社会人に時間を取ってもらっているという意識がない」と怒られたことは、いまでもはっきりと覚えています。
鈴木さんのゼミ生たちは、さまざまな意見対立もあったそうですが、すべてを乗り越えて、本書にも挟み込まれているマップ(「ここすきマップ」)を完成させました。NHKのニュースサイトでも見ることができますが、本書p.62の試作品マップと比べて、こだわりがひしひしと伝わってきます!
「スローな生き方」の実践としてのゼミ活動
しかし、ここからが面白いのですが、2,600部のマップが完成すると、ゼミは「燃え尽き」状態になってしまったと告白されています(p.71)。その原因の一つはオーバーワークで、もう一つは「何のためにマップを作るのか」が不明確であったからだとされています。
しかし、「おわりに」では、次の代のゼミ生が地域の方々と話し合いを重ねて、任意団体「スローなまちづくり「前橋赤城マイマイの会」を立ち上げたと報告されています。さらにホームページまで立ち上げているとのことで、早速見に行ってみたところ、畑づくりの活動などがアップされていました。
本書からは、ゼミ活動も、1年や2年の期間が定められており、短期的な成果を求めがちになる一方で、一つひとつの活動に丁寧に取り組み、地域とのつながりを作り出していけば、それが次の活動につながっていくことを教えられます。まさに、「スローな生き方」が実践されている鈴木ゼミの記録でした。