越境するオンライン原稿検討会のすすめ~『移動する地域社会学―自治・共生・アクターネットワーク理論』刊行

せっかく単著を出したのに、専用ページを作成していませんでした。3月の出版直後から、Amazonではなぜか在庫切れになり、送料700円や1,400円のマーケットプレイスの業者から買うしかない状態が続いていましたが、ようやく在庫が復活したので(Amazon販売ページ)、ここでも専用ページも作ることにしました。

これだけは伝えたい!

敬愛する院生時代の先輩が「第1章は難しいが、そこを乗り越えれば、あとは普通に読める」とおしゃって頂いていると伝え聞きました。

うれしいと思いつつも、失敗しました……! 第1章の多くは補論に回してもよかったのでした。ただ、院生時代から「頭でっかち」であった自分が、アクターネットワーク理論(ANT)という「社会学者が社会を説明しないための理論」に転向するまでの軌跡を示したいとの思いが先に立ってしまいました。

したがって、とくにANTに関心を寄せる方は、第1章でつまづいたところはひとまず読み飛ばして頂いても、まったく問題ありません

オンライン原稿検討会をおすすめします!

本書は、「あとがき」でも記しているように、地域研究のみならず、哲学から教育心理学に至るまで多分野にわたる18名もの方に草稿検討にご協力頂き、大改稿の末、完成をみました。

具体的には、メーリングリストとビデオ会議を活用して、自由にご指摘を頂き、その真摯なご指摘を虚心に受け止め、ともに検討を進め、数々の修正を行い、その過程と結果を常に全体で共有し、原稿の質の向上に実直に取り組みました。

私自身も、常日頃から、自分の関心のある書籍は、ゲラの段階から読ませてもらいたいと思っていました。早い段階で読めるだけでなく、著者に自由に質問できるので自分の理解が深まるし、自分の指摘がいくらかの修正につながるのであれば、著者の役にも立てるし、読者の役にも立てるからです。

今回も、募集ページを用意して、下にあるようにtwitterで一度呼びかけただけでしたが、オンラインだからこそ、それまでに面識のなかった多分野の方々からも多くの反応を頂き、本書の射程を大きく広げることができました。

これから書籍を出される方は、専門分野の境界、ひいては、自分の限界を乗り越えさせてくれるオンライン原稿検討会を強くお勧めします!

さらなる詳細は、本書の「あとがき」をご覧ください。

書評・紹介

ありがとうございます!

本書の概要

生活の場である地域のつながりは、普段は目に見えないものの、災害時には生命をも救う役割を果たします。テクノロジーの進展によりヒトやモノが脱領域的に移動し、つながり、相互変容をし続けるなかで、地域のつながりは常に組み直されています。そうしたなかで、地域社会学はいかにして地域社会の構築に寄与できるのか。本書は、社会現象が自然/社会の境界を超えるさまざまな存在の連関により生み出されるとするアクターネットワーク理論(ANT)の視点から、地域社会の多様な構築を描き出す〈移動する地域社会学〉の理論と実践を結んだ研究成果です。

第I部「理論と方法」では、ANTの方法が有する社会学における意義を初めて体系的に明らかにしています。社会学者が机上から現実を「説明」してしまわないための理論としてANTを位置づけ、ANTをいかに経験的な調査(フィールドワークや統計的調査)に活かすかを詳細に論じ、社会学の方法のあり方そのものをも問い直し、「科学的な」社会学研究の規準を新たに示しました。

第II部「ケーススタディ」では、アジア各地のフィールドワークから、ANTで地域社会を記述する意義を具体的に探究しています。仙台市柳生地区ではモノを媒介とした新旧住民の相互変容から新たに生まれる地域社会の動態を描きだし、バリ島では観光開発に伴う慣習や儀礼の変容と刷新から生まれる新たな地域社会の共同性を記述し、マカオでは中国返還による住民組織の変容を、ポルトガル政庁や中国共産党等との連関を通してたどっています。さらに山形や東日本大震災における災害支援NPOと町内会等の連携を通した地域社会の再編を記述し、青森の自治体病院再編の調査では、病院再編を媒介にした地域社会の組み直しの可能性を探っています。

結論では、これらの記述が、現実を単に外在的・客観的に記述しようとするものではなく、さまざまな存在による地域社会の構築を促すためにあることを指摘し、まちづくりや防災の取り組みに対して地域社会学が果たしすべき役割を明示的に論じています。

ちなみに、本書は、新潟大学人文学部の研究叢書として刊行されました。学部の研究推進委員会の委員と査読委員の方々に厚く御礼を申し上げるのはもちろんのこと、大学「改革」の荒波が絶え間なく押し寄せるなかで、まっとうな研究成果を発表するために必要な研究環境を守り抜いてこられた学部長をはじめとするファカルティの先輩方と同僚に深く感謝申し上げます。

刊行の目的と意義

ANTは、その出自である科学論(科学社会学)の境界を越えて、文化人類学、経営学、組織論、会計学、社会心理学など社会科学全般に広がるとともに、哲学や芸術に対しても強い影響を及ぼしています。加えて、昨今では、主に環境問題(原発、温暖化、人新世など)を扱う科学者や行政担当者の間でも積極的に議論されるようになっています。

ただし、ANTの方法は国際的に見ても十分に了解されているとはいいがたく、「ヒトとモノを対称的に扱う」といったレベルに留まっています。日本においては言うまでもありません。そこで、本書では、はじめて社会学の立場から、ANTをいかに調査に活かすかを体系的に論じることにしました。そして、上述の通り、「科学的な」社会学研究の規準を新たに示しています。

今日でも、科学的・客観的なエビデンスの位置づけをめぐって、「科学的エビデンスこそが普遍性をもたらし世界をつなぐ」とする自然科学者(計量派の社会科学者を含む)と、「科学的エビデンスこそが特殊性を等閑視し世界を分断させている」とする社会科学者のあいだでの軋轢がしばしば表面化しています。そこで、本書では、ANTを、基本的に前者の立場に立ちながらも、後者の立場も包摂できるような科学観を提示するものとして位置づけ、両者の立場をつなぐことを試みています。

やや難解ですが、結論から引用すれば、「さまざまな移動や流動のなかでさまざまな存在の連関の暫定的な結果として固定性や不動性、同一性が構築されるさまを記述する」(p.276)ことで、普遍/特殊の二分法を超えるとともに、普遍的なものの構築のプロセスを明らかにし、普遍性の妥当性を支える諸存在の循環を促すものとして、ANTを彫琢しています。

そもそもの私の専門分野は地域社会学です。そこで、本書では、既存の地域社会学の「生活論」の知見と、ANTとの接続と断絶も明らかにすることで、ANTの意義を具体的に示しています。生活論は、地域社会が解体に向かうとする近代化論とも、地域社会は時代の変化にかかわらず存続するとする文化型論とも異なり、「共通する生活の問題を媒介にして人びとが集まることで共同性が生まれ、それぞれの利害を調整・変容させるなかで公共性が生まれる」動態が描き出されてきました。

まさに、モノ(共通の問題)を媒介にして人びとが結びついていくさまを描き出している点では、ANTと親和的ですが、ただし、モノ(共通の問題)が「厳然たる事実」として静態的に描き出されるきらいがありました。

それに対して、本書では、モノ(文化遺産、観光開発、民主主義、防災、震災、病院再編)自体もまた、人びとが結びついていくなかで変容していく「議論を呼ぶ事実」であり、主客二分法を離れた動態こそが「議論を呼ぶ事実」の様態を構築しているさまを経験的にはじめて明らかにするとともに、地域社会学の記述が、既存の地域社会の諸制度や物事を「議論を呼ぶ事実」にすることに資するものでなければならないことを主張しています。

書誌情報

目次

 序論――移動する地域社会学に向けて

第Ⅰ部 理論と方法

 第1章 創発の社会学からアクターネットワーク理論へ
  1 モバイルな空間変容と地域社会
  2 創発の社会学
  3 創発の社会学からアクターネットワーク理論へ
  4 移動する地域社会学の条件

 第2章 アクターネットワーク理論の基本概念をたどる――調査者と被調査者にとっての「移動の自由」
  1 はじめに――ANTの基本概念の出自をたどる
  2 パリ学派記号論+エスノメソドロジー=ANT
  3 アクターとアクタン――テクストによる報告の構成要素
  4 中間項と媒介子――アクターとネットワークの等価性
  5 強度の試験――「強く」実在するアクターの誕生
  6 下方推移/上方推移――参照フレームの移行
  7 循環する指示,不変の可動物――物質と記号の果てしない指示の連鎖
  8 科学としてのANTの意義――中間項を媒介子にして連鎖させ組み直す

 第3章 アクターネットワーク理論と記述的社会学の復権――社会学者が説明しないための「理論」
  1 自然なモノの歴史性――ANTの実在論的態度
  2 連関の社会学としてのアクターネットワーク理論
  3 陰謀論に手を貸さない社会学的批判の条件――「批判的に近づく」,「足し算の批判」
  4 コスモポリティクスに資する科学としての社会学

 第4章 アクターネットワーク理論と岸政彦の「生活史」――地域社会の歴史と構造をめぐって
  1 事実の構築――問題意識をつなぐ
  2 「寛容の原則」と「翻訳の社会学」をつなぐ
  3 一般化,理論化――「ディテール」と「失敗と隣り合わせの報告」をつなぐ
  4 「偶然と必然」と「媒介子と中間項」をつなぐ

第Ⅱ部 ケーススタディ

 第5章 文化遺産と地域社会――仙台市柳生地区の町内会と柳生和紙
  1 緒論――地域の共同性を構築する事物の連関に目を向ける
  2 柳生地域の歴史と構造
  3 地域社会をめぐる制度的連関
  4 地域社会をめぐる非制度的連関
  5 結論――複数の共同性をつなぐ連関の記述に向けて

 第6章 「開発と文化」と地域社会――バリ島村落世界と観光開発
  1 緒論――「開発と文化」を地域社会から考える
  2 地域の開発と地域の文化――内発と外発の二分法を超えて
  3 コロニアリズムによる地域の構築
  4 「観光のまなざし」による地域の構築
  5 地域社会の構築をめぐる新たな動き――アダットとディナスの二元性を超える連関
  6 結論――「場所」を開発するローカル・ガバナンス

 第7章 自立型観光開発と地域社会――バリ島南部サヌール村の場合
  1 緒論――バリ島における地域住民組織
  2 事例対象地サヌールの歴史地理
  3 自立型開発を媒介にした「一つのサヌール」の構築
  4 自立型開発の離床と再着床
  5 変容する自立型開発と地域社会
  6 結論

 第8章 ポストコロニアリズムと地域社会――マカオの「街坊会」の場所性
  1 緒論――マカオの境界性
  2 マカオのデュアリティの由縁
  3 コロニアル化するマカオにおける中国人社会
  4 街坊の媒介子
  5 コロニアル体制下の街坊会の成立
  6 返還を前にした街坊会――連合総会の設立とパターナリズム
  7 返還後の街坊会――市民社会における地位の低下
  8 結論

 第9章 災害「弱者」と地域社会――山形県内のNPOと「地域協働体」
  1 緒論
  2 地域社会と災害支援NPO――防災をめぐる媒介子の連鎖
  3 災害弱者と地域社会の構築――きらりよしじまネットワークの場合
  4 結論

 第10章 災害支援NPOと地域社会――東日本大震災を対象にして
  1 緒論――被災地とボランティアの翻訳
  2 災害支援をめぐる社会福祉協議会とNPOの連関
  3 平時からの/平時における地域社会とNPOの連関
  4 結論――越境的な「災害文化」の形成に向けて

 第11章 自治体病院再編をめぐる「批判」と地域社会――青森県西北五地域を対象にして
  1 緒論
  2 「上からの」再編計画の策定と住民の批判的意識の形成
  3 自治体財政,病院会計,医師不足の窮状――医療システム合理性を受け入れた背景
  4 再編前後の医療体制の変化――住民の批判的意識を検討するために
  5 住民の批判的意識の検討――質問紙調査を踏まえて

 結論

あとがき
参考文献
索引

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