「ポスト開発主義期地域住民組織の社会文化的ポテンシャル―バリ島南部観光開発地域の事例より」『グローバル・ツーリズムの進展と地域コミュニティの変容』所収

伊藤嘉高, 2008,「第5章 ポスト開発主義期地域住民組織の社会文化的ポテンシャル――バリ島南部観光開発地域の事例から」吉原直樹編『グローバル・ツーリズムの進展と地域コミュニティの変容―バリ島のバンジャールを中心として』御茶の水書房, 167-248頁.

本書は、グローバル・ツーリズムが当該社会におよぼす影響を人びとの生活が具体的にとりおこなわれる地域社会次元で、しかもそうした影響の位相をポストコロニアル/ポスト開発体制下でとらえています。

概要

バリ島南部の観光地サヌールにおける村落ベースの開発事業の変遷を、現地フィールドワークにより、プレコロニアル/コロニアル/ポストコロニアルの歴史の重層性とバンジャール(慣習村)/デサ(行政村)の変容と関連付けて辿った。そして、今日のポスト開発主義の時代におけるローカルな民主主義を支えるうえでバンジャールの有する社会文化的ポテンシャルを浮かび上がらせた。

冒頭抜粋

1998年のスハルト政権崩壊以降、経済的、政治的危機に見舞われてきたインドネシア。発足当時は大衆の人気をさらったメガワティ政権が昔日のものとなった今も混迷の淵からは抜け出せていない。そして、国家再建の脇で、なお腐敗、縁故主義、職権乱用が跋扈し、さらには、民族間、宗教間の紛争、分離主義も目立つようになってきた。スハルトのオルデ・バル期には封じ込められていたさまざまな「声」が噴出しているのである。オルデ・バル期には、スハルト一族が強力な権力基盤をもっており長期安定的な政権であったため、企業と政権が共存共栄できるような状況にあった。そして、汚職についても、まさに「中央集権的」な汚職であったために、不確実性が小さく、企業の生産活動に対する弊害が抑えられていた。スハルト期のガバナンス構造はある意味で「合理的」であったのだ[大西 2004]。

そして、この状況は「過剰な中央集権」(over-centralization)と形容することもできる。メイナーは、多くの途上国で見られるこうした「過剰な中央集権」が生じた背景として、コロニアル国家の遺制と統制主義的開発イデオロギーとを挙げている[Manor 1999・13-25]。まず、コロニアル期の官僚制は、植民地におけるモノカルチャー産業の管理という役割を担い、その運営のために住民から資源を調達する必要がなかった一方で官職やそれに伴う便益を配分することによって国内のエリート集団をその支配構造に組み込んだわけであるが、これをポストコロニアル国家が引き継いだというわけである。さらに、第二次世界大戦の経験から中央集権的な国家運営に対する信頼が高まり、西側諸国で中央主導の混合経済化が進められたことから、新興諸国もまた大規模開発プロジェクトを実施し、国民へのサービスを保証するとともに、国家統合を強化するために中央の強力なリーダーシップが要請されたのである(近代化論的前提)。

しかしながら、スハルト政権崩壊後、いわゆる「民主化」「分権化」が進むにつれ、官僚機構に対する統制が失われ、汚職が地方へ拡散し、民間組織やグラスルーツの各種組織に対する(インフォーマルなものも含めた)徴税が増大している。そして、こうした「分権化」された汚職によって、民間・地域組織はコスト負担のみならず、不確実性の増大によって、その組織活動に大きな打撃を受けているのである(本章の事例でもその一端がかいまみえる)。そしてグローバル資本主義による通貨危機、ポピュラー・カルチャー、現金経済化、グローバル・ツーリズムが共振しあうなかで、そして、近代化とのせめぎあいのなかで、ナショナルな枠組みを失った人びとが、ローカリティの独自性を主張し、同時に地域の自治を求めるようになっているのである。

では、こうしたなかで目指されるローカルな自治は具体的にどのようなかたちで実現されていくのだろうか。そして今日のバリ島地域社会に根ざした共同性/公共性[吉原 2000・7章]を支える社会文化的基盤はいかなるものとなっていくのであろうか。そこで、本章では、バリ島南部の観光地サヌールにおける村落ベースの開発事業の変遷を、プレコロニアル/コロニアル/ポストコロニアルの歴史の重層性とバンジャール/デサの変容と関連付けて辿ることで、今日のポスト開発主義の時代におけるローカルな民主主義を支えるうえでバンジャールの持つ社会文化的ポテンシャルを浮かび上がらせることにしたい。

目次

はしがき(吉原直樹)
第1章 デサとバンジャール
    ―歴史的展開と布置構成(吉原直樹)
第2章 グローバル・ツーリズムとローカル社会
    ―自立と従属の諸相(今野裕明)
第3章 グローバル化と地方分権化のなかのデサ(今野裕明)
第4章 アーバン・バンジャールの一存在形態
    ―デンパサール市バンジャール・グレンチェンの事例(吉原直樹)
    付録 あるイスラム・コミュニティ-カンポン・クパオンの事例
第5章 ポスト開発主義期地域住民組織の社会文化的ポテンシャル
    ―バリ島南部観光開発地域の事例より(伊藤嘉高)

第6章 ポスト・スハルト期地域治安維持組織の位相(菱山宏輔)
第7章 交錯するエスニシティと伝統的生活様式の解体
    ―デンパサール市近郊デサ・プモガンの事例(永野由紀子)
補論 バンジャールの組織的構成と機能
    ―アンケートの分析結果から(吉原直樹、伊藤嘉高、菱山宏輔、斉藤綾美)

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