医療提供に真に必要な医師数を推計することは困難だ。厚生労働省「医師の需給に関する検討会」の医師需給推計を背景に医学部入学定員抑制が進められた結果、今日の「医師不足」の事態が引き起こされた。
昨今、再び、医学部定員増が進められているが、その流れを決定的にした「安心と希望の医療確保ビジョン具体化に関する検討会」では1.5倍という数値目標が示されている。ただし、これはあくまでOECD諸国の人口当たり医師数の単純平均値に基づくものであり、暫定的な数値に過ぎない。同中間報告書では、「その後医師需要をみながら適切に養成数を調整する必要がある」としたうえで、必要医師数について新たな推計が必要であるとの認識を示している。
そこで、わたしたちは、昨年、現在のフリーアクセス等の医療提供体制を前提として、医学部入学定員増が維持され勤務医の負担軽減を図った場合の山形県の病院勤務医の診療科別将来必要医師数を客観的に把握した(詳細は、伊藤嘉高・佐藤慎哉・山下英俊・嘉山孝正・村上正泰「山形県におけるコホートモデルを用いた診療科別将来必要病院勤務医師数の推計」)。
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病院は診療科によっては医師不足が続く
その結果を見ると、2030年の県内病院勤務医は全体で3,048名(2008年比122.0%)に増加する。他方で患者数は減少し、将来医療需要に基づき過重労働状況の解消を図ると、全体で4.0%(73人分)の医師数の余裕が生まれる。しかし、全ての診療科で余裕が生まれるわけではない。現在見られる新卒医師の診療科選択の傾向が今後も続いた場合、とりわけ外科は23.7%の更なる新卒医師数の上乗せが必要であり、脳神経外科など他の外科系も10%前後の上乗せが必要になる。他方で、新卒医師の半数以上が余剰になるおそれのある診療科も見られる。
診療所の場合はどうなるか―2030年の患者数は-4.8%
もちろん、以上の結果は、さまざまな仮定に基づいており、ひとつの参考値として考えるべきものである。その仮定の一つに、勤務医の開業傾向が今後も同様に続くとしていることがある。先の論文では、「病院勤務医数に大きな影響を及ぼす開業率も現状のまま推移するとは考えづらい」として、簡単なデータを紹介しているが、ここでは、山形県における診療所(医院、クリニック)の医師数と患者数の将来推計について、その詳細な結果を示しておきたい(方法論は上記の勤務医推計と同じ)。
はじめに、傷病別の患者数の将来推計を示す(なお、ここで見ていく患者数は、調査日の入院患者数、外来患者数、調査日には受診していないが継続して通院している患者数の合計値である)。II 新生物(がん)、IX 循環器系疾患(脳血管疾患も含まれる)、XIV 尿路性器系疾患以外は患者数が減少し、全体では4.8%の減少となる。
さらに、以上の傷病分類別の患者数を受診診療科別に計算し直すと下の図のようになる。ただし、本推計の元データである平成17年山形県患者調査には診療科の項目がなく、今回の推計では全国調査の傷病×主たる診療科のデータを援用している。したがって、とくに内科系、外科系の細分化された診療科に関しては精度が高くないため、注意が必要である。
開業医数の将来推計―山形大学医学部新設の影響により大きく増加
開業医数(診療所医師数)については、興味深いデータが得られる。まず、2008年の勤務医/開業医の年齢別分布を見ると、次のようになる。山形大学医学部新設~定員120人時代に入学している層に当たる年齢層の医師数が多く、開業医数も多い。
60代以上の医師数は少ないが、これは定年退職しているためではなく、山形大学医学部が新設される以前に医学部に入学している年代に当たるからである。この点について、上記の論文では医師異動(県外流出、開業、退職等)コホートモデルを作成して検証しているが、このコホートモデルを今後の医師異動に適用すると、2030年の勤務医/開業医の年齢別分布は次のようになる。
やはり、(山形大学医学部新設~定員120人時代に入学している層に当たる)60、70歳代の医師数が大幅に増加する。その結果、2030年の開業医数は、2008年比で120.5%に増加し、1,029人に達する。さらに、診療科別に見ると、次のようになる。
開業医1人あたりの患者数―1開業医当たりの患者数は2割強の減少
以上のように、患者数の減少と医師数の増加が見られるなかで、開業医1人あたりの患者数はどうなるのだろうか。2030年の診療所医師1人あたりの患者数をみたのが下の図である。内科群は内科系の診療科をまとめたものであるが、その患者数は100人近く減少する。
上のデータを増減率で並び替えると、次のようになる。全体では、2008年の患者361,391人/医師854人=423.2人から、2030年は患者343,988人/医師1,029人=334.3人となり、2008年比で79.0%となる。
もちろん、診療報酬や政策誘導により病院の外来の縮小が進み、在宅医療が推進されていることを考えれば、2030年の開業医1人あたりの患者数がこれほどまでに減少することはないであろう。高齢の医師の割合が高まることも考えなければならない。
ただし、診療科によって以上のような患者数の減少の違いが生まれるとなれば、医師のキャリア・パスにも大きな影響を及ぼすことになる。先に見たように、病院勤務医の分析では、外科では23.7%の更なる上乗せが必要となる一方で、新卒医師の半数以上が余剰になりかねない診療科も生まれることが明らかとなっている。
したがって、今後は、現下の医療提供体制における医師不足に対応しつつ、新卒医師の診療科選択の動向に目を配り続けることが求められる。その上で、全診療科の医療需要を適切に把握し、医師のキャリア・パスも視野に入れた適切な医療提供体制ならびに医学教育体制を構築していかなければならない。