私が仙台で大変お世話になっている町内会長からいただいたアドバイス(前回参照)は、「趣味を持つこと」でした。
「私はたまたまみんなでわいわいやるのが好きだから、祭りなどの地域活動をやっている。会社なんかの組織ではうまくいかないことがあっても、地域に戻ってくれば誰でも一人の人間として認めてくれる。だけど、私らは好きでやっていることだから、参加しない人のことをとやかく言いはしないよ。参加は自由。」
私の信条の拠るところは、「生の制度化」の拒絶にあるのですが(とはいえ私は実存主義者ではありません)、それは、周りの人間が制度化されてあることに無自覚であるのを非難したいがゆえのことではなく、ほかならぬ自分自身が過剰に制度化された生を歩んでいることを自覚しているからなのです。制度による規定的判断から趣味による審美的判断へ!(カント『判断力批判』)
というわけで、今月頭から15日間ほど、何の計画も立てずに中国西南地方を貧乏旅行してきました(最終的には、マカオ→広州→昆明→大理→麗江(リージャン)→シャングリラ→リージャン→成都→広州→マカオとなった)。とはいえ、結果的には、「楽しむこと」ではなく「苦労すること」に旅の意味を見いだすばかりで、趣味とするにはほど遠く、しかし、「楽しみ」は「ほどよい苦労」から生まれるそうですから(チクセントミハイ『楽しみの社会学』)、いずれ趣味になるのかもしれません。
すでに雲南の主だった土地は完全に中国人の大衆観光のメッカと化しており、記念写真をパチリとやる趣味のない非中国人は、ただただとまどうばかり。また、ちょうど現地のニュースでもやっていましたが、大陸全体の観光地の入場料が高騰しており、これに予算の半額以上が食われてしまいました。以下、各地の主な「観光地」について一言ずつ。
大理
昆明から高速バスで5時間。深夜だったので、タクシーで大理古城に入り、宿をとる。
×大理古城 大理観光の中心地。みるものなし
×金島 洱海に浮かぶ主要観光地。私は行っていませんが、土産物屋しか無いとのこと。
○白族民居 白族の「三道茶」と白族婚礼の舞踊が楽しめる。距離が近くてよい
ガイドブックも地図も辞書も持たず、右も左も分からなかったので、大理ではついつい英語の話せるガイドをお願いして、洱海を一日かけて車でまわって案内してもらった。そのガイドさん曰く、「大理といえばこれ、というところはない。主なところは観光地化されてしまっている。だけれども、山、湖、街、これらすべてが組み合わさったところに大理があるのです。」このガイドさんの勧めにしたがって、大理から北上、リージャンに向かう。
リージャン(麗江)
大理から中型バスで3時間ほど。山道も少なく、運転席の隣に座らせてもらったこともあり、車窓は壮観。
×玉龍雪山 高い金を払ってロープウェーで登る。日曜日だったこともあり、ロープウェーで1時間も待たされる。その割に、登ってみれば「ただの雪山」。歩ける範囲もごくわずか。記念写真用。
×納西古楽 現地の旅行案内に「これを楽しまなければ一生の残念」とあったので、160元も払って聞きに行った。中身は、半分以上が作曲者による笑い話である。
○印象麗江 玉龍雪山をバックにした野外立体劇場で上演される360度の舞踏劇。納西族の伝統祭礼用の道具を使っているが、音響効果などモダン・テクノロジーやダンスを織り交ぜる。5種類くらいの民族衣装を着た数百名が一堂に会し大団円。役者の一人が、「わたしは普通語はあまり話せませんが、今日来ていただいたみなさんの幸せを心から願っています」と述べ、大きな拍手。隣のおばさんが涙する。私は最初から泣いていた。大理で会ったイスラエル人が「中国はひとつのミクロコスモスだ」と言っていたが、なるほど、そのとおりである。
○麗江古城 リージャンに到着したのが土曜日だったこともあり、やはり人が多く、風情が感じられない。ただ、後日、シャングリラから引き返してきた際に寄ったときは、違った顔を見せた。慣れてくると違うのだろうか。万古楼に向かう坂道も雰囲気がある。
リージャンでは、なによりも、泊まった民宿が素晴らしかった。納西族の家族の住む屋敷地の一角に近代的な建物が建ち、1泊30元(400円程度)と普通であるが、この手のゲストハウスにありがちな難点(うるさい、くさい、きたない、ぬるい)が「一つも」なく、奥さんがきれい好きで働き者で優しく、商売気を感じさせない。インターネットもタダで使える。洗濯物も干させてくれた。リージャンに旅行される際には、ぜひ泊まってみてください。
○納西庭院民居 栄順客棧
電話 13187799599
地所 麗江古城区大研中学門口
(古城の南側に位置し、バス乗り場から歩いて5分程度です。電話すれば、迎えに来てくれるとのこと)
シャングリラ
桃源郷シャングリラはまだ冬であった……。リージャンからバスで5時間程度。ほとんど山道。景色を楽しむなら、大理からリージャンの方がよい。花も開いておらず、観光客もいない(5月にまた来い、とのこと)。その分、深山幽谷と乗馬を楽しむ。
○どこかの山(←資料を無くした) 玉龍雪山のように人も多くなく(というより自分だけしかいない)、一歩踏み外したら死ぬようなところも歩く。シャングリラでは、碧塔海も硕都湖も人がおらず、野生のリスと戯れたりもした。
○松賛林寺 雲南最大のチベット仏教寺院。メインの道をはずれ、ずんずん歩いていくと(ゴミが多い……)、小さな仏閣を発見。中に入って見ていると、8歳くらいの修行僧の子が入ってきて注意される。「回り方が反対だよ」(正しくは、時計回りらしい)。無知ですみませんでした、と話していると、「こっちでお茶でも飲んでいきなよ」と誘ってくれるので、奥の住居に入れてもらう。なかには、日本でいえば高校1年生くらいの子が二人いて、彼らとしばし話す(肝心の年齢を聞き忘れた)。8歳くらいの子は、お茶やチーズを食べさせてぼくが変な顔をするのがおもしろいらしい。で、1時間ほどしたところで、外に車を待たせているので帰ることにする。少年二人は笑顔で「また会いましょう」と言ってくれる。けれども、8歳くらいの子は、無言。結局、言葉のないまま、なんとも言えない表情で外まで見送ってくれた。生きていかなくては、と決意し後で一人涙。翌日、少年の一人の生まれ故郷を訪ねる。
シャングリラでは、1泊50元(700円程度)の宿をとったが、「お湯が出ない」「トイレの水が流れない」「テレビがつかない」と問題噴出である。そのたびに笑顔で、「お湯の出が悪いときは、1階の沐浴屋を使ってね」だとか「トイレの水は桶で流せばいいのよ」と返される。50元も払ってそれはないだろうと思いつつ、しかし、夜ご飯をごちそうしてくれたりと人柄はよろしく、こちらが神経質になってはいけないのだと学んだ。
その宿で、ラサに向かう中国人旅行者に出会って、付いていこうかと思ったが、三国志ファンゆえ、成都にどうしても行きたかったので、リージャンに戻ることになった。付いていけば、ラサの「暴動」を目の当たりにすることができたはずだった。
成都
リージャンに戻り、成都行きのバスの切符を買う。24時間かかると言われたが、「寝てればいいんだし余裕だな」と思うも、後ろに並んでいたおじさんに満面の笑みでもって中国でよく見る祝福(顔の前で両手を握り合わせて前後させる)をされて、不安になる。例の宿に泊まって、翌日13時にリージャンを出発。四川に向かう。
バスは二段ベッドが敷き詰められており、私は上の段の席だったのだが、ちょうど柱があって、ほかより狭い。ベルトもなく、姿勢が悪いとカーブで振り落とされそうになるぐらいだ。しかも、日本の高速バスのように高速道を走るのであれば、目が覚めたら到着地前のサービスエリアとなるのだけど、ここでは、舗装も不十分な山道をうねって走るのである。途中夜の9時くらいに晩飯を取る。この時点で、すでに相当に辛い。しかし、相当においしく、調子に乗って食べ過ぎる。腹を下す。案の上である。おまけに車酔い。途中でバスを停めてもらって、あれこれとしのぎつつも、なんとか、25時間かけて成都に着く。世の中のバックパッカーたちは偉いなあ、と実感。
近くに宿を取り、早速、散策開始! で、昼飯に水餃子を頼んだら、このタレがまた辛い。無理して食べる。その時点で胃の機能は限界に達したらしい。その日の夜から地獄と化し、翌々日の昼まで何も食べられなくなった。まともに出歩けもせず、武侯祠にしか行けず。目当ての陳麻婆豆腐店も断念。四川省も巡れず、空路、広州に戻ることになり、バスで珠海、そして、マカオに帰る。
何の変哲もないただの日本人であるのに、さまざまな場所でさまざまな人のお世話になってしまった。それほど自分は価値のある人間ではないのになと思いつつ神経をすり減らしながらも、谢谢你们!