2022年4月より職場が新潟大学人文学部に変わりました。引き続き、夫婦そろって新潟で研究活動を続けていきます。メールアドレスや電話番号は連絡先のとおりです。
新潟大学人文学部では、新しくできた「地域社会学」のポストで採用いただきました。大学院時代に専攻していた社会学の世界に13年ぶりに戻ります。これまでのいわば「即会学」(=お手軽社会学)から脱却するチャンスを頂いたと考えています。
今後は地道に手堅く、地域社会学の研究と教育に取り組むべく、まずはそれぞれについての抱負を述べます。
教育について~これまでの実績を土台に、地域をつなぐ「足し算の批判」を学生とともに実践する
最初に、今日の学生に社会学を教育する意義について考えてみます。社会学は扱う研究対象が幅広く、それぞれの研究対象の「社会的側面」を明らかにしようとします。その結果、場合によっては、「科学的事実を含むあらゆるものが社会的に構築されていると主張する似非科学(戯言)の一種」と捉えられることすらあります。
確かに、かつてのイデオロギー色の強かった社会学は、マクロな社会構造や権力構造といった「社会的原因」を持ち出して社会現象の説明を行い、社会批判を行うこともありました。あるいは「主体」の「生きられた経験」などのミクロなものを称揚することで、客観科学的なものに対抗しようとする動きもありました。
そうした社会学的批判が多くの人を動かした時代もありましたが、とりわけ今日の若者の間では「特定の思想や信条に基づく批判」に対する忌避感が強まっています。一面的な批判のもつ欺瞞に敏感になっているとも言えます。しかし、逆に「一切の批判を避け現実に甘んじる」心性を学生から感じることもあります。
そうしたなかで、私が社会学の講義で目指したいのは、さまざまな視点や立場があるなかで、いずれかの視点や立場の正しさを説いたり、現実批判の結果、「なんでもあり」の相対主義に溺れたりすることではありません。むしろ、各々の視点や立場を了解(共約)可能なかたちに「翻訳」することで共生を可能にする方法を身につけてもらうことです。
この方法を探究しているのが、私がこのところ注目しているアクターネットワーク理論です。アクターネットワーク理論は、さまざまな社会現象の因果を説明してくれる絶対的な理論ではないので、別の立場を否定する「引き算の批判」を行うことはありません。
むしろ、アクターネットワーク理論は、ある視点がさまざまな事物との結びつきによって成り立っていることを記述します。比喩的に言えば、高台から眺める光景と地べたに座り込んだ目に映る景色が異なるなかで、どちらがよりリアルなのかを決めるのではなく、それぞれの視点の有する事物との連関の違いを記述します。そして、各々の視点について「ほかの事物と結びつけるとどうなるのか」と問うことで、より多くの事物とのより強固な連関(共生)を促す「足し算の批判」を目指します。
具体的には、私は、社会調査系・公衆衛生学系の実習やゼミを通して、さまざまな立場の間のコンフリクトから目を背けない知的姿勢を築いてもらうために、そうしたコンフリクトを見出し、つなぐ実践を行ってきました。
他方で、これまでの教育では、医療系の学生を対象としてきたため、調査テーマや調査フィールド、調査時間が限られていました。そのため、自分のもつスキルや知見を学生に伝え切ることができない面もありました。
また、山形大学医学部在任時には、山形大学人文社会科学部の北川忠明教授(現名誉教授)の指導の下で、政策研究のNPO(政策研究ネットワーク山形)の代表を務め、山形県内の企業家、政治家、行政職員、法曹、マスコミ、市民団体、地縁組織などの方々とともに、さまざまな地域社会の課題にアプローチし政策を提言してきましたが、そのネットワークを十分に生かせてもいませんでした。
これからは、新潟でも培ってきた医療福祉関係のネットワークとともに、山形大学在籍時と同様に同僚の先生方とも連携し新潟のさまざまな地域でネットワークを構築し、それらのフィールドを対象としたインテンシブな社会調査に打ち込んでいきたいと考えています。そして、学生たちが、さまざまな実践家たちから教わった現場の知をつなぐ調査レポートや具体的な政策等の提言にまで到達できるような教育を行っていきます。
まったくもって微力ではありますが、社会学という自分の専門性と自分の持てる力を最大限に発揮できる環境で、データ処理能力や統計処理能力を有する一方で「数値のみに囚われないリサーチマインド」を持ち合わせた人材養成の一翼を担えるよう研鑽してまいります。
研究について~「足し算の批判」に根ざした地域社会学を確立する
私は、地域社会学界をリードしてきた吉原直樹先生(最新刊についてはこの記事)に師事し培った社会調査と統計分析のスキルを活かして、主に地域医療の諸問題を対象に、さまざまな質的・量的調査を行うことで、地域住民と医療従事者が有する複数の視点や立場を明らかにしつつ、それらをつなぐ研究を進めてきました。
たとえば、山形大学医学部在任時は、嘉山孝正医学部長(当時)、村上正泰教授にご指導いただきながら行った、科学研究費補助金「自治体病院再編が地域生活に及ぼす影響に関する社会学的研究」(2009~2010年度、若手スタートアップ)、医療経済研究機構第18回研究助成「青森県西北五地域における広域ネットワーク型自治体病院再編による住民受療行動の変容」(2014~2015年度)、山形県寄附講座事業「DPCデータに基づく山形県内急性期入院医療の現状調査」(2013年度~2018年度)が挙げられます。
具体的には、「医療崩壊」が喧伝されるなか、地域の各医療機関の視点や立場について、いずれかの立場が正しいとするのではなく、その立場を構成するデータを明らかにし、病院間や地域住民との対話を促してきました。とくに、データベース分析(SQL)を社会調査と組み合わせて実施した結果は山形県の医療計画の資料としても採用され、今日の「地域医療構想」の先駆けとなる研究を進めてきました。
さらに、社会学マインドを発揮すべく、科学研究費補助金「病院・介護施設からの在宅復帰の阻害要因に関する社会学的研究」(2011~2014年度、若手B)では、山形県内病院の退院支援部署の看護師、ソーシャルワーカーに対するヒアリング調査、統計調査とともに、患者に対する量的調査を実施し、「患者自身に対するエンパワメント」の重要性と、そのために求められる多職種連携の条件を明らかにしました。
そして、科学研究費補助金「地域居住の時代においてサービス付き高齢者住宅入居がもたらす社会的諸関係の変容」(2015~2018年度、若手B)を契機として、アクターネットワーク理論に目を向けることになりました。介護サービスの受け手として焦点が当たりがちな要支援・要介護高齢者の生活が、実際にはさまざまな事物や人との連関のなかで「自律的」になっていることを目の当たりにしたからです。
目下の課題は、科学研究費補助金「アクターネットワーク理論による高齢者住宅居住者の自律性の解明」(2022~2025年度、基盤C)において、上記の研究を発展させるべく、主に新潟市内のサービス付き高齢者住宅における自律的生活の維持に必要な条件を質的に検討し、医学的・客観的に診断される身体機能の自律性に回収されない、事物の連関のなかで生まれる自律性の実態を明らかにすることです。
他方で、これまでは、新型コロナウイルスの影響により、質的調査は中断せざるを得ない状況が続いていました。そこで、JST-RISTEX事業「病床減床と都市空間の再編による健康イノベーション」(2018年度~、研究代表者・伊藤由希子先生)の研究プロジェクトの一環として、「ドクターヘリと救急自動車の出動状況からみる救急医療需要と病院再編」もスタートさせています。
本研究のフィールドである魚沼医療圏では2015年に救命救急センターを有する魚沼基幹病院が開院するなど医療機関の再編が行われた一方で、「急患はドクターヘリに任せて、基幹病院はもっと規模を縮小すべきだった」との声も聞かれます。
従来の病院再編は、地域住民が検討する余地はなく非公開の「専門家による判断」に委ねられ、医療従事者との信頼関係を毀損する結果にもなってきました。そこで、本研究では、ドクターヘリによる広域搬送と救急自動車による救急機能について再編前後の個票データを分析することで再編の効果を可視化することにより、今後の県央医療圏等の病院再編をめぐる「開かれた議論」に必要な材料を提供しようとしています(※この研究で必要となる臨床医学面の分析では、新潟大学医学部救命救急医学分野の西山慶教授にご指導いただいています)。
これからは、上記の研究を展開するとともに、これまでに新潟で培い、今後さらに培うことになる人的ネットワークを活かして、医療福祉の領域にとらわれず「地域をつなぐ」ための学問的実践を行っていきます。
アクターネットワーク理論は世界的に受容されているとはいえ、まだ「足し算の批判」という科学観に根ざした経験的研究が十分に蓄積されていません。この理論を発展させ、批判のための批判と、批判なき孤立化が進む今日の時代状況に適った地域社会学を確立させたいと考えています。