研究と広報活動と資格試験対策のあいだ~大学退職エントリ

本日をもって新潟医療福祉大学を退職することになりました(着任の経緯と抱負はこの記事)。2001年に開学した新潟医療福祉大学は、日本海側に位置する地方私立大学にあって、全国から受験生を集め、科研費獲得も盛んで、今なお拡大を続ける例外的な存在です。

私が所属した医療情報管理学科(定員80人)は2011年に開設され、他学科と異なり医療系国家資格の取得を掲げていないため、他学科と比べれば十分な受験生数の確保が難しい面もあったものの、私の在籍した3年間のあいだに受験者数は1.6倍に増え、2022年度の志願者倍率も3.2倍に達しました(詳細なデータは大学サイトへ)。

この間、私は研究・教育活動の傍らで、広報委員として学生募集に関わることができたので、その経験―とくにコロナ禍でオンライン中心となった広報活動―を記すことで、今後の地方私立大学の大学教員のあり方を考えるための一資料を提供したいと思います。

学科ブログの見直し~広報のための広報を離れて

新潟医療福祉大学では、学科ごとに学科ブログを(学科によってはインスタグラムも)運用しており、各学科の教員が更新を担当しています。私もまた学科長の指導・監督のもと、学科ブログの更新を主に担当することになりました。

私が最初に行ったのは学科ブログのデザインの見直しでした。当時の学科ブログはフリーのブログシステムを使っており、デザインの改変は一切できない状態でした。そこで、wordpressへの移行を行いました。

ただし、教員である私が、単なる広報目的で行うのであれば、大したやりがいを感じることはできません。そこで、学生教育もかねて、熱意のある学生(主メンバー4名)とともに、wordpressのテーマのカスタマイズ(HTML、CSS、PHPの編集)を進めました(実際には学生から教えられることが多かったのですが……。このブログも学科ブログのテーマをさらにカスタマイズしたものを使っています)。

UROPの様子
(▲写真:ブログ作成の自主ゼミ(UROP)の様子(医療情報管理学科ブログより))
UROPメンバーの池田さんも卒業
(▲写真:メンバーの一人も同じタイミングで卒業。応用情報技術者試験にチャレンジするほどの力の持ち主。15年前の知識でとどまっていた私に一から教えてくれました。)

もちろん、デザイン以上に一つひとつの記事内容が重要なのは言うまでもありません。私は当初、オープンキャンパスの宣伝といった定番もののほかに、かなり気合を入れて、学科の教育理念などの小難しい内容を記事にしていましたが、学科の新入生にアンケートを取ってみると、ほとんど閲覧されていないことがわかりました。

そのこともあり、ここでもやはり「広報のための広報」からの脱却を図ることになりました。具体的には、学科ブログを、受験生に向けてメッセージを発する媒体として位置づけるのではなく、在学生へのメッセージを発する場とすることになりました。

とりわけ、学年間のつながりによって、1年生のうちから4年間の具体的な目標を描き出せるようにしてもらうことを目的として、学生自身に記事(資格試験の合格体験記やゼミの活動報告など)を書いてもらい、先輩から後輩にメッセージを伝える体裁にしました。

これらの記事は、在学生にとっても有益な内容であり教育的効果も高く、高校生にとっても、「実際の大学生活をのぞき見る」かたちとなり、単なる宣伝記事よりはリアリティを感じられる内容になっています。もっと言えば「実態とかけ離れたキラキラ感のある宣伝で受験生を釣る」かたちにはなっていないため、科学をベースとする高等教育を担うべき大学の構成員としても、自らの良心を守ることができています。

良心を守るという点では、就職率や資格合格率のデータの公表の仕方も重要です。これらは分母を操作することで見かけ上の数値を上げることができるわけですが、新潟医療福祉大学では、率だけではなく分母となる学生数もきちんと公表しています。この点は学科ブログでも踏襲しています。

結果として、この3年間で私は140の記事を学生とともに書くことになりました(さらに、他の教員の手による記事もたくさんあります)。ブログの閲覧数も月間最多で6,500PVに達し、担当前と比べて100倍以上に増加しました。

学科インスタグラムの運用~学生同士をつなぐツールとして

とはいえ、学科ブログを積極的に運用すれば、それだけですぐに学生募集の効果が出るわけではありません。在学生や保護者の方のなかで定期的にチェックしてくださる方は増えても、高校生が学科ブログにたどり着くには、大学のウェブサイトを見る→学科のページを見る→学科ブログへのリンクを踏むという過程が必要であり、残念ながら、そこまで深く情報収集できる高校生は多くありません。

そこで、学科インスタグラムの運用が重要になりました(さらに、非公式的にtwitterも運用しました)。新入生アンケートでも、学科ブログよりも学科インスタグラムをチェックしていた学生の方がはるかに多く、やはり、画像、映像による情報が高校生にとってはなじみやすいようです。

インスタグラムでは、学科ブログへの誘導や資格試験の合格率などを分かりやすく伝えるのはもちろん、とくに学生同士の関係性が伝わるような投稿を心掛けました。たとえば、4~5月には【シリーズ・友だちの作り方】と題して、上級生の二人組をみつけて写真を撮らせてもらったうえで、新入生向けに「どのようにして友だちになったのか」を書いてもらいました。

学科インスタグラム
 (▲写真:学科インスタグラムの【シリーズ・友だちの作り方】より)

インスタグラムの運用はまだまだ発展途上ですが、次年度の新入生の多くが(こちらからはまだ情報提供をしていないのに)すでに学科アカウントをフォローしてくれており、広報の効果の高さを傍証しているとともに、学生同士をつなぐツールとしての可能性を感じさせます。

資格試験対策!~学生の成長の道筋を複線に

いくらブログやSNS、さらには、ここでは述べませんが各種の進学情報メディアや動画、オープンキャンパス、キャンパスガイド、パンフレットなどで創意工夫を重ねたとしても、教育の内実が伴っていなければ、意味がないどころか、受験生に対する裏切りになってしまいます。

(▲動画:動画制作ではこの動画に一番力を入れました。冒頭のイメージ映像は、夜明けのタイミングで撮影いただくことになり、朝4時に起きて学生を迎えに行ったのが一番の思い出です。ただし、天候不順のため屋内での撮影になりました。)

その点、私の在籍した医療情報管理学科は、他に類を見ない取り組みをずっと積み重ねていました。まずは、何よりも、診療情報管理士や基本情報技術者、日商簿記など、11もの資格試験について希望者全員の合格を目指す資格対策を展開していることです。

これは、通常の講義に加えて何回かの資格対策講座を開催しておしまいにするといった微温的なものではありません。通常のカリキュラムとは別に、夏休みや春休み、さらに試験直前は土日も使って各種の資格対策授業がインテンシブに開講され、いずれも単位認定されるものではないので、正規の教育に加えて、11もの資格試験対策講義を追加費用なく受けることができます。

この資格対策講義では、学生一人一人のモチベーションと達成度を日々チェックしており、成績が上がらない学生には個別指導も行っています。その結果、たとえば、私が(前任校での経験を活かして)担当した最難関の診療報酬請求事務認定試験では、専門学校と比べて対策講義の時間数が限られているなかで、全国平均の倍近い合格率を達成しています(たとえばこの記事)。私の在任最終年度は、同僚の川口先生と、かつての同僚の淡島先生の力を結集させ、過去最高の合格率を出すことができました。

診療報酬事務能力認定試験の合格祈願
(▲写真:彌彦神社へ合格祈願にも行きました。学科インスタグラムより。合格率100%が達成できず、それだけが心残りです。)

さらに、大学である以上、資格試験の合格にとどまっているわけにはいきません。卒業研究は必修であり、3年後期から卒研ゼミが始まりますが、海外との共同研究など、資格試験を超えた応用的な学びへと学生を動機づけています(私の場合はこの記事の通り)。

加えて、さまざまな問題を抱える要支援学生についても決して見捨てることなく全教員が職員の方々とともに卒業・就職まで徹底的にサポートしていました(私の場合、必修の講義の定期試験を不合格になった学生には、10時間の補講を行ったうえで再試験を実施することで、最低限の理解を得てもらったうえで、次に進んでもらうようにしていました。もちろんこの補講は、学生をスポイルしないように、再度、親切に教えるのではなく、「学生同士の学び合い」を基本とする仕組みにしていました)。

さらに、医療情報管理学科の教員は、全学の情報処理教育を担い、昼夜を問わず他学科の学生からの質問にもいつでも誠実に応じています。そうした姿を目の当たりにして、私はそのひそみに倣うのに精一杯で、自身の力不足を痛感するばかりでした。

正直、私は教育と広報活動に力を入れすぎていたために(ほかにも連携教育などの校務にも注力しました)、1週間の研究時間が土日を含めても1~2時間取れればよいような状態が大半を占め、それでも「雑用に逃げている」と言われないよう、拙い論文をいたずらに書くばかりの研究生活になってしまいました(これは私の反省点)。

連携総合ゼミ
(▲写真:看板科目である4年次の連携総合ゼミでは実行部会長も務めました。学科ブログより。私のゼミでは、脳性麻痺の当事者である斎藤直希さんに患者役を務めていただいたことで、社会制度まで視野に入れた支援策の検討が可能になりました。)

正直なところ、大学教員が、教育を兼ねた広報活動や資格対策にコミットすることに疑問をもたれる方も多いと思います(ちなみに、私も診療情報管理士の資格を取得しましたが、研究に使う頭はまったく使わずにすみました。他方で、資格対策講義では研究とは全く異なる高度な教育スキルが必要です)。

ただし、理想と現実のあいだで、ターゲット層の学生の教育を第一に考えた場合、新潟医療福祉大学が、ひとつの究極的な大学像のひとつを妥協なく追求している組織であることに間違いはありません。

資格試験によって伸びる学生もいれば、資格試験だけで満足してしまう学生もいるし、卒業研究によって伸びる学生もいれば、十分に研究が深められない学生もいます。大学の教育や他の活動と無関係に伸びる学生ももちろんいます。たくさんの道筋があることが重要です。

私にとっては、この組織のなかで教育・研究・校務すべてに真摯に取り組む教職員に付き従い、学生とともに歩むことのできた3年半でした。

退職日
(▲写真:退職日に研究室の前にて。診療報酬をともに担当した同僚の先生からお心遣いをいただきました。)

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