今年度から14年ぶりに社会学の世界に戻ってきた。かつての自分の研究をいくらか客観的に見ることができるようになり、この論文では、20代の頃に取り組んでいた「創発の社会学」に対する自己批判を行った。
『立命館大学人文科学研究所紀要』の「観光、デジタルテクノロジー、モビリティ・ジャスティス」特集号に寄稿。
書誌情報
伊藤嘉高(2023)「モバイルなコミュニティ研究のための予備的考察―創発の社会学とその限界を超えて」『立命館大学人文科学研究所紀要』134: 123-48.
要旨
本稿では、グローバル化に代表されるモビリティの進展がもたらす新たな空間編成のなかで求められるコミュニティ研究のあり方について論じる。
新たなテクノロジーによって、ミクロとマクロ、近接と遠隔、内と外、家と野、親密と疎遠といった区分が取り払われるなかで、コミュニティは関係論的に捉えることができるが、しかしすべてが流動化するわけではなく、「構造」と呼ばれてきた物質的なものも無視するわけにはいかない。
そこで、本稿では「創発の社会学」に目を向け、主体、相互作用、構造のいずれの還元論にも陥らない社会学の潮流を確認した後、創発の社会学がはらむいくつかの限界を指摘し、コミュニティを記述するためには、あらゆる存在をフラットな創発態として位置づけるアクターネットワーク理論が求められることを主張する。
その上で、抵抗や防衛ではなく創発を介した「媒介」をめぐる政治学に資するコミュニティ研究を提唱する。