2007年3月。東北大学文博第250号。審査委員:吉原直樹、正村俊之、長谷川公一、永井彰、野家啓一。1,300枚。
目次
要旨
社会学では、現代のグローバル社会の特徴として、「再帰的近代」、「第二の近代」、「リキッド・モダニティ」などと形容されさまざまに語られている。そこで共通の前提とされているのは、近代の近代を生きる私たちは全体社会のもつ象徴界の虚構を喪失し、時間的にも空間的にも流動的な世界を生きているということである。
その帰結は、現実界にむき出しにされた個であり、私たちは新たな社会構想を描けぬまま、ネオ・リベラリズムの秩序論理に疑問を抱きつつも、何かを語ろうとすれば表象が孕む暴力性に苛まされる。いずれにせよ、固定された概念、思想、イデオロギーはなんであれ、私たちの生活の「リアリティ」からも理想郷からもかけ離れたものとなってしまったのである。
しかし、そうであるからといって、これらの概念がまったく無効、無用なものとして遺棄されたわけではない。問題は、そうした概念に対して、私たちの日常性に耐えうる強度を持ちうるのかという視点から再審をはかり、その再生ないし埋葬の可能性を探り、新たな「リアリティ」とともに「実証」科学の構想へとつなげることである。本論はその一つの試みである。
本論では、以上の現代社会の様態を「空間」の視点から捉え返し、新たな「社会的リアリティ」としての〈場所〉の創発に目を向け、〈場所〉の創発社会学を構想するとともに、環太平洋アジアの地域社会のフィールド調査からその論の妥当性を検討する。
具体的な論証過程は後述するとして、本論からは以下の知見が結論される。すなわち、経済文化のグローバル化による新たな空間秩序の論理にローカル化ないし地理的にローカルな〈場所〉の差異の自律をもって反抗することは結局のところグローバル化と同じ論理の裏面にすぎず、世界の矛盾を深化させるだけであること。これに対して本論の視点から導かれる戦略は、グローバル化の矛盾に対処するためには、支配的な秩序論理に応答する責任を持ちながらも、グローバル化の空間編制のネットワーク性に目を向け、「全体化」の思考に囚われることなく脱領土的な〈場所〉の論理(ネットワークの離接)を多次元的に創発させ、いくつもの秩序を世界に並立させ自律運動化させることである。そして、この複数化の戦略の実証科学として、還元論/相対主義を超えた〈場所〉の創発社会学の方法論的枠組みが有用なのである。こうして、虚無や拝金、権威に堕することのない人間自由のためのレギュラシオンとガバナンスをスケール/ネットワークの両輪によって構想することが可能となる。
目次
- 前文 3
- 目次 15
- 凡例 19
第 1 部 グローバル世界における〈場所〉創発の社会学
―〈場所〉の多次元的創発に向けて―
序 論 実証的社会科学の脱近代的再定式化に向けて 21
―〈場所〉の創発社会学の基本前提―
- 緒 論―近代的構制の融解
- 社会科学の二つの次元―実証主義/構築主義の境界を越える
- 結 論
第 I 章 グローバル化とシステム論社会学の展開 31
―グローバル/ローカルを越境する〈場所〉―
- 緒 論―グローバル化・生気論・複雑性
- システム論社会学と複雑性理論の展開
- カオスと複雑性―秩序/無秩序の二分法を超える「実在性」
- グローバル複雑系の社会学
- 結 論―グローバル/ローカルを越境する〈場所〉
第 II 章 〈場所〉と創発の社会学の方法論 47
―ネットワークとスケールの並立による〈場所〉の多次元性―
- 緒 論―グローバル複雑系社会学の問題
- 社会学的創発理論小史
- 第三世代システム論とシンボリック相互作用論
- 「心の哲学」における非還元論的個人主義創発論
- 個人/集合主義、批判的実在論の検討
- 第三世代システム論による創発理論の骨格
- 〈場所〉の創発社会学の方法論的枠組み
- 結 論―〈場所〉の無根拠化による根拠化
補 論 制度儀礼から非制度儀礼による〈場所〉の創発へ 89
―メアリー・ダグラス象徴人類学及び後期ジンメルの批判的検討―
- 緒 論
- 境界論の本義
- ダグラスの儀礼擁護と創発の社会学との異同
- 非制度的創発としての儀礼世界へ―リスク論の視点から
- モナド・価値・生成―後期ジンメルと「生活の社会学」
- 結 論―制度儀礼の裂開と新たな再帰性
第 2 部 日本の地域社会の変容
―〈場所〉創発の政治学―
第 III 章 地域住民組織の制度論的転回 125
―町内会による〈場所〉の制度的構造化の限界―
- 緒 論―町内会論と創発の社会学
- 都市空間にみる〈場所〉の変容とコミュニティ
- 町内会の構造―創発力学の動因
- 町内会の機能―創発力学の媒介項
- 町内会長とその代表性(representativeness)
- 結 論―フレキシブルな創発の論理に向けて
第 IV 章 言説による〈場所〉の交響的創発 171
―開発・「まちづくり」・公共私―
- 緒 論
- 開発レトリックと社会空間の変容
- 〈まちづくり〉なる言説がもつ創発メカニズム
- 〈まちづくり〉のレトリックと公/私の動態性
- 結 論―大文字の公共性を離れた共同の創発
第 V 章 表象/象徴による〈場所〉の協同的創発 193
―制度/非制度の境界―
- 緒 論―〈場所〉の表象と共同性
- 事例対象地の歴史的背景
- 〈場所〉をめぐる制度的活動
- 〈場所〉をめぐる非制度的活動
- 結 論―いくつもの〈場所〉をつなぐ連帯に向けて
第 3 部 アジアにおける〈場所〉の動態
―開発・グローバル化・ポストコロニアリズム―
第 VI 章 協同的創発と交響的創発による〈場所〉のせめぎあい 209
―バリ島における「開発と文化」―
- 緒 論―〈場所〉と「開発と文化」
- 〈場所〉の開発と〈場所〉の文化―内発と外発の二分法を超えて
- コロニアリズムによる〈場所〉の創発
- 「観光のまなざし」による〈場所〉の創発
- せめぎあう〈場所〉の政治学―ポスト・スハルト期の分権化の影響
- 小 括―〈場所〉の文化の「開発」とは?
第 VII 章 ポスト開発主義期における〈場所〉の制度性の変容 221
―バリ島南部観光開発地域の事例から―
- 緒 論―バリ島における地域住民組織
- 事例対象地の歴史地理
- 黎明期の地域開発―デサと〈場所〉
- 80年代不況のインパクト―〈場所〉の創発からの離床と復帰
- 変容する観光開発と地域社会のいま―〈場所〉のズレ
- 結 論―変わらない〈場所〉
資料I~III
第 VIII 章 グローバル化の境界と〈場所〉の創発 273
―マカオの地域住民組織「街坊会」の場所性―
- 緒 論―マカオの境界性
- グローバル・ネットワークとマカオ―デュアリティの由縁
- マカオのコロニアル化
- 街坊の基層をなす場所性
- 街坊会の成立と新たな場所の〈創発〉
- 返還を前にした街坊会―連合総会の設立による〈場所〉の規定
- 返還後の街坊会の位置
- 結 論
終 章 グローバルな貧困とローカル・レギュラシオン 295
―越境するローカル・レギュラシオンの創発―
- 緒 論―ここまでの本論の議論を振り返って
- モダンかポストモダンか―グローバル資本主義の分析軸
- スラムの惑星
- 幕 間―ジャカルタの場合
- 「近代」とメタ・ナラティブの方法論的限界
- 新自由主義に対する規制とレギュラシオン
- フラクタル空間によるレギュラシオン
- グローバル世界の経済地理とレギュラシオン
- 結 論―脱領域的な場所の政治学に向けて
- 文献一覧 317
- 初出一覧 334