「災害「弱者」と防災コミュニティ」『防災コミュニティの基層』所収

伊藤嘉高, 2011, 「災害『弱者』と防災コミュニティ」吉原直樹編『防災コミュニティの基層』御茶の水書房, 211-34頁.

東日本大震災が、その被害は途方もなく、防災施策を人々の等身大の生活世界から練り上げていくというありようを根底から問い直すなかで、防災ガバナンス(協治/共治)の可能性を問う。

要旨

防災コミュニティの必要性が盛んに喧伝されているが、そのためには、防災の機能を行政が地域コミュニティに押しつけるのではなく、防災を触媒(防災福祉マップづくりなど)とした地域コミュニティの活性化(NPOとの連携、連合単位での事業化など)が不可欠であることを、東北6都市の町内会を対象とした量的調査とフィールドワークにより明らかにした。

冒頭抜粋

災害は、平時に平常に作動している社会システムを裂開する。災害は社会システムを機能不全に陥らせるだけではなく、その社会システムを支える自明性と正常性と正統性の基盤を揺り動かす(「当たり前だと思っていたこの社会はほんとうに正しいのだろうか?」)。したがって、中国の天命思想・易姓革命論などにみられるように災害は時代時代のイデオロギーと密接に結びついてきた。そして、今日の新自由主義もまた、災害(自然災害にとどまらず経済危機等も含む)を介してそのイデオロギーを人びとの生活に浸透させようとしている。ナオミ・クラインが「災害資本主義」と名付けるショック・ドクトリンの仕組みである(Klein 2007)。

災害資本主義とは、平時にはとうてい受け入れがたい新自由主義への転換を災害ショックを介して暴力的に押し付け、そして利益を強奪するというスキームだ。災害資本主義は、災害を契機として、既存の社会システムの正統性を貶め(「国や社会はあてにならない」)、近代的制度的秩序に埋め込まれた人間の生を孤立化させ脆弱化させる(cf. 似田貝 2008: 4-6)。

こうして、それまでの計画化された福祉国家システムから切り離された人びとは、オルタナティブを構想する余裕が与えられることなく、「自生的秩序」に根ざした新自由主義のレトリックを受け入れざるをえなくなる。そこに資本が入り込む。行政政策の失敗・後退や社会システムのゆがみを利用した、貧困ビジネスならぬ災害ビジネスの誕生である。

しかしここには両義性が伏在している。生がむき出しにされることは、制度化された生からの脱却という点において社会変革にとって不可欠な契機であるが、しかし、むき出しのままの生は〈弱い〉。ここに、生の脆弱な存在者への支援が大きな課題として認識されるようになる背景がある。

したがって、大切なことは、そうした生が、新自由主義の世界にむき出しにされ市場化され「強者」と「弱者」とに制象化されることなく、その本源的な〈弱さ〉を契機としていかに自分たちの手の届く形で生の形式を共同創発1できるのか、そしてその共同創発を支える制度を構築できるのかにある。本章では、そうした共同創発と制度構築の可能性を視野に入れつつ、今日の災害「弱者」と防災コミュニティをめぐる動向について考えてみたい。

災害弱者への対応については、2005年に内閣府で「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」がまとめられたことで、行政的な制度化のモメントが生まれており、各地の基礎自治体に対して災害時の要援護者支援策の策定が求められている。同ガイドラインにもあるように、災害発生時の地域での弱者支援には、町内会・自治会などの地域自治組織(以下、町内会と総称する)や自主防災組織などの共助による「要援護者支援」が力を発揮すると想定されている。周知のように阪神・淡路大震災以来、災害時の要援護者にとって隣近所・地域の支援が最も頼りになることが認識されるようになったからだ―「国や社会はあてにならない」のだ。そして、こうした要援護者の支援を地域で進めるにあたっては、要援護者がどこに住んでいるのか、どのような支援を必要とするのかなど、日頃から地域で理解を深め災害に備えておくことが重要であるとされる。そして、そのための要援護者の情報は地域が主体となって収集することが望まれている。

理想論は、理想論である限り常に正しい。しかし、要援護者支援をめぐる実際の動きの多くは、本章で具体的に指摘するように機能論的なコミュニティ観(旧来型のガバメント思考)にとらわれているがために、理想の背後に隠された問題の深部が見えていない。本章でみるように、そうした理想を形式的になぞっただけの防災コミュニティは実際にはまったく機能しないし、さらにいえば、国家や行政の責任を矮小化しようとする災害資本主義に対して徹底的に無力なのである(=ボランティア論の陥穽)。

本章では、あくまで経験的な地平から、機能論的=ガバメント型の防災コミュニティ形成と、創発論的=ガバナンス型の防災コミュニティ形成の異同を明らかにし、後者に向けた「創発論的転回」への道筋を示す。そのうえで、今日の災害弱者支援に対しては創発論に根ざした防災コミュニティ形成のための仕掛けこそが求められていることを論じたい。

そこで、次節では、まず、山形で災害弱者支援を見据えながら町内会に入り込み防災コミュニティ形成の支援に当たっているNPO法人ディー・コレクティブの活動を手がかりとして、適宜、他の東北県庁所在都市の現状も参照しつつ、都市部における災害弱者支援ならびに防災コミュニティ形成の現状と課題について検討し、ガバナンス型の防災=地域コミュニティの重要性とその実現のための条件を明らかにする。

次に、防災を契機としたコミュニティ形成を巧みに進めている山形県川西町のNPO法人きらりよしじまネットワークによる地区町内会と融合したコミュニティ活動と防災活動を取り上げ、ガバナンス型の防災=地域コミュニティの具体的なイメージを与えるとともに、そうしたガバナンス型の防災コミュニティが、今日の災害資本主義による「弱者」生産に対する抵抗のコミュニティとなるポテンシャルを有していることを確認することにしたい。……

目次

防災コミュニティの社会設計のために(吉原直樹)
第1部 町内会と防災活動
防災コミュニティの歴史的前提―「町内会」の歴史的位置づけ(長谷部弘)
町内会の構成と機能(吉原直樹)
町内会の防災活動の現状(石沢真貴)
第2部 町内会と防災ネットワーク
町内会と自主防災組織(庄司知恵子)
町内会と消防団(後藤一蔵)
安全安心コミュニティと防災(菱山宏輔)
第3部 防災コミュニティの主体と活動実践 地域リーダーの防災観(松本行真)
ボランティアと防災実践活動(松井克浩)
災害「弱者」と防災コミュニティ(伊藤嘉高)
防災コミュニティの人的資源と活動資源(松本行真)

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