複雑性理論からみる町内会の「秩序」

この記事は、「ごみ捨ての問題と町内会の「正しさ」(2)」と「「行政協力員」について」を補足する内容になります。

私の主たる研究テーマは、「場所の比較社会学」による社会学理論の刷新にあり、その一つとして町内会や地域社会を対象とした経験的研究をさせていただいています。今回は、そうした社会学理論の動向を地域社会の研究と結びつけて紹介することで、求められるべき「地域の秩序」像を浮かび上がらせたいと思います。

私の理論研究を支える枠組みの一つに英国の社会学者ジョン・アーリらが展開している「複雑性の社会学」があります(ジョン・アーリ『グローバルな複雑性』吉原直樹監訳、伊藤嘉高・板倉有紀訳)。物理学者イリヤ・プリゴジンの散逸構造論以降の複雑性理論がもたらした秩序観の変容を、社会学理論に持ち込もうとするものです。

旧来の社会学は、秩序と無秩序を相対するものとして扱ってきました。秩序は正常で争いもなく結束した「良い」状態であり、無秩序は争いにまみればらばらになった「悪い」状態といったように。そして、近代社会学は、いかに無秩序を避け秩序を実現するのかを問題にしてきたわけです。

しかし、こうした秩序/無秩序観は、プリゴジンの散逸構造論によってその根底からくつがえされることになりました。簡単に言えば、我々の複雑な世界において、秩序と無秩序は一体のものであることを(もう少し正確に言えば、無秩序の中にこそ秩序が生まれ出る(=創発する)ことを)示したのです1)

地域社会を舞台にしながら、わかりやすく説明すると、次のような具合になります。

■古い秩序観(秩序/無秩序の二分法)
ある地域のなかで、Aと非Aが互いの正当性を主張し合って存在している。このような状況は、無秩序でよろしくないので、どちらとも矛盾しない新たなBを生み出して、対立を解消して仲良くやりましょう。そして、コミュニケーションを重ね、Aと非Aに「取って代わる」Bを合意によって生み出す。みんな同じBになった。無秩序はなくなり、ついに秩序が達成されました。したがって、この秩序に逆らう人間は、「敵」であり「サヨク」であり、問答無用に排除されるべきだ。内なる秩序と外なる無秩序。閉じた世界。

流動性の低い時代には、確かにこれで社会秩序が形成されます。しかし、流動性の高い今日、「敵」はテロリストとなって容易に境界を乗り越え、秩序に破壊的な打撃をもたらします。

■新しい秩序観(秩序と無秩序は一体)
ある地域のなかで、Aや非Aが互いの正当性を主張し合って存在している。このような状況は、無秩序であるが、Aと非Aのどちらとも矛盾しないBなど存在しない。Aも非Aも認め合いましょう。Aと非Aの対立は解消しないが、Aと非Aの間の「落としどころ」は見つけなければなりません。本音と建て前は別。仲良くすることはありません。そして、Aと非Aに「取って代わらない」Bが合意によって生み出される。Aと非Aが拮抗し合うところにBが生まれる(これを「カオスの縁」と呼びます)。Aと非Aの共存という無秩序の中から、Bという秩序がぎりぎりのところで生まれている。したがって、この秩序に逆ってAや非Aの絶対性を主張する人間は、「空気が読めていない」。

■町内会の「空気」
「空気が読めない」人間に対する圧力を、古い日本社会(=町内会)の非民主的体質だとして「ひとくくり」に批判し、「空気など読めなくてもいいんだ」とする開き直りがここ最近、見られます。

しかし、この「空気が読めていない」抵抗が、Aと非Aのバランスの上に成り立っているBに対する抵抗であるならば、そうした開き直りは、決して認められるべきではありません。なぜならば、それはAや非Aの一方的な正しさを主張するものと同じであり、古い秩序観によるものと同レベルの浅はかな発想にすぎないからです。

とはいえ、その「空気」が、虚構のBに仮託した同質的なAによるものであれば、非Aによる抵抗は全面的に認められなければなりません。もちろん、その抵抗が、Aを凌駕し、非Aが「自分こそが正義Bである」と主張するまでになれば、その抵抗はもはや受け入れられません。

町内会を否定するにも肯定するにも、古い秩序観に立った論が目立つようになってきたように思います。しかし、実際には、「新しい秩序観」に根ざした町内会の運営を私は見聞きしてきました(その逆も然りですが、それは町内会の「本質的な」問題ではありません)。私が記述し大切にしたいのは、そうした町内会の「空気」なのです。


1)イリヤ・プリゴジン、スタンジェール『混沌からの秩序』(みすず書房)が、世界的なベストセラーになった一般向けの解説書です。必読!

参考文献

グローバルな複雑性 (叢書・ウニベルシタス)
ジョン アーリ
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