「山形県におけるコホートモデルを用いた診療科別将来必要病院勤務医師数の推計」『山形医学』31巻2号掲載

伊藤嘉高, 佐藤慎哉, 山下英俊, 嘉山孝正, 村上正泰, 2013, 「山形県におけるコホートモデルを用いた診療科別将来必要病院勤務医師数の推計」『山形医学』31 (2): 15-25.

要旨

【背景】医療提供に真に必要な医師数を推計することは困難である。厚生労働省「医師の需給に関する検討会」の医師需給推計を背景に医学部入学定員抑制が進められた結果、今日、国民のあいだで広く医師不足の事態が認められている。さらに、これまで、地域ごとの将来医療需要に基づく診療科別の必要医師数の推計が試みられたことはない。そこで、本稿では、現在のフリーアクセス等の医療提供体制を前提として、今後も医学部入学定員増加が続き、勤務医の負担軽減が図られた場合の山形県における診療科別将来必要病院勤務医数を推計した。

【方法】患者調査と人口推計に基づく診療科別の将来医療需要を算出するとともに、医師・歯科医師・薬剤師調査のデータに基づく医師就業の卒後1年階級別コホートモデルを作成した。そして、県内病院勤務医の過重労働の是正を加味したうえで、両結果に基づき2030年に必要医師数を充足させるために必要な新卒医師数を推計した。

【結果】2030年の県内病院勤務医は全体で3,048名(2008年比122.0%)となる。他方で患者数は減少し、将来医療需要に基づき過重労働状況の解消を図ると、全体で4.0%(73人分)の医師数の余裕が生まれることになる。しかし、全ての診療科で余裕が生まれるわけではない。現在見られる新卒医師の診療科選択の傾向が今後も続いた場合、とりわけ外科は23.7%の更なる新卒医師数の上乗せが必要であり、脳神経外科など他の外科系も10%前後の上乗せが必要になる。他方で、新卒医師の半数以上が余剰になるおそれのある診療科も見られる。

【結論】本推計は、医療提供体制のみならず、医師の就業動態など多くの仮定に基づいており、推計の精度には改善の余地がある。しかし、それでも、現在の医療提供体制が続く限り、外科系等の診療科は今後も相対的な医師不足が続くことが推測される。医学部教育や医療提供体制の見直し、病院勤務医の勤務環境の改善等について適切な対応が求められる。

冒頭抜粋

病院勤務医を中心とする医師不足が日本社会の一大問題とされるなか、医学部の入学定員増などの対応がとられている。医学部入学定員増の流れを決定的にしたのが、2008年6月の厚生労働省「安心と希望の医療確保ビジョン」である。このなかで、「総体として医師数を増やす方向」が打ち出され、1997年の「医学部定員削減」閣議決定の見直しとともに、医師養成数の増加の流れが確かなものとなったのである。

さらに、その後の「安心と希望の医療確保ビジョン具体化に関する検討会」では、大学医学部の定員を将来的に現在の1.5倍程度となる約1万2,000人に増やす必要があるとした中間報告書をまとめるに至った。ただし、1.5倍という数値目標は、あくまでOECD諸国の人口当たり医師数の平均値に基づくものであり、同中間報告書では、「その後医師需要をみながら適切に養成数を調整する必要がある」としたうえで、必要医師数について新たな推計が必要であるとの認識を示している。

こうした全国的な必要医師数の推計は、厚生労働省の「医師の需給に関する検討会」によって進められてきた。しかし、周知のように、同検討会の推計によって医学部入学定員抑制が進められた結果、今日、マスメディアや国民のあいだでは広く医師不足の事態が認められている。必要医師数は医療提供体制のあり方などによって大きく変わるものであり、したがって、その将来推計は非常に困難である。そして、これまでのところ、必要医師数の推計は「全国規模」のものにとどまっている。厚生労働省医政局は、2010年に全国の病院等における必要医師数の調査を行ったが、これはそれぞれの病院等の主観的な判断による必要医師数を集計したものであり、客観性が担保されていない。地域の医療需要や医師の労働時間といった診療実態に基づく地域別、診療科別の必要医師数を推計する試みはなされていないのである。

そこで、本稿では、……

この記事のタグ