現代社会の写し鏡としての観光コミュニケーション~須藤廣・遠藤英樹・高岡文章・松本健太郎編『よくわかる観光コミュニケーション論』ミネルヴァ書房【ご恵送御礼】

編者の遠藤英樹先生よりご恵送頂きました。須藤廣・遠藤英樹・高岡文章・松本健太郎編『よくわかる観光コミュニケーション論』ミネルヴァ書房、2022年。

概要

さまざまな事物との連関のなかで私たちの生活の表と裏を組み直していく観光コミュニケーションは現代社会の写し鏡であり、本書は現代社会論の入門書としても位置付けられる好著です。

ツーリズム・モビリティは、デジタル技術に支えられたコミュニケーションと緊密に結びつきながら、社会や文化を急速に変容させつつある。タイトルに掲げる「観光コミュニケーション論」は、まさに現在進行形で蠢きつつある「何か」を問おうとする挑戦的な試みだといえよう。観光学における基本的な概念に加えて、「がっかり名所」「ぬい撮り」「バーチャル観光」「インスタ映えスポット」など、最新の研究対象をも網羅した入門書。

「観光コミュニケーション」とは何か

観光とは、移動者と定住者が、さらには移動者同士が場所に抱く「意味のずれ」を消費する営みであるといえます。しかし、私たちはそもそも一人一人がずれた存在でありながら、そのことに気づくことなく、日々生活をしています。どうして、私たちは観光において「意味のずれ」に敏感になることができるのか。そこにはさまざまな仕掛け、仕組みがあるはずです。

本書の「観光コミュニケーション」は、そうした仕組みに焦点を当てるものとして導入されています。

総じていえば、観光とは異郷におけるこのずれを経験し共有し消費することによって、何らかの価値を生み出す行為のことである。これらの価値を産出する「情報伝達行為」と「意味の共有」に焦点を当てたときにみえてくる、観光における人々の行為遂行―観光者の行為も含めた「パフォーマンス」―の姿を広く「観光コミュニケーション」と呼ぼう。

(p.i「はじめに」)

観光における「意味のずれ」は、そもそも、不動/移動、表/裏、リアル/バーチャル、実在/構築といった二分法のなかで一方に優位性があるかたちで生まれるものではありませんでした。

ディズニーランドではゲストもホスト(キャスト)も共にイメージから現実を創作する「ごっこ遊び」的多層ゲームに参加している。……もとより観光地においては虚構と現実は一体であった。前近代には観光が宗教と関連していたということもこの点から納得がゆく。また、近代のメディアの発達によって観光は虚構と現実の境界をいっそう越えつつある。表象(虚構)と現実は一体なものであるといったところから、観光の現実は理解されるべきであろう。

(p.5「ポストモダンツーリズム」)

こうした「観光の実践そのものが、観光を再帰的につくりなおしていく」(p.19)事態は、表と裏が即時的かつシステミックに設定し直されていく現代社会のコミュニケーションのありようを先取りしており、したがって、本書は優れた現代社会論の入門書として位置づけることもできます。

優れた現代社会論の入門書として

実際に、第2章「新しい観光コミュニケーション論のためのキーワード」では、「パフォーマンス」(パフォーマティビティ)や「再帰性」などとともに「アフォーダンス」、「マテリアリティ」(アクターネットワーク理論)が挙げられ、第3章「観光コミュニケーションがもたらすイシュー」では、「権力」、「空間」、「ジェンダー」、「交通」(モビリティ)、「身体」、「エスニシティ」などが取り上げられています。

こうした現代社会の諸問題が、観光を切り口に経験的な地平で明快に概説されているために(1テーマにつき見開き2ページでコンパクトに収まっています)、社会学を学ぶ学生が経験的なレベルでの理解を深めたり、自身の卒論やレポートのテーマを探す際にも役に立つと思います。

ゲストハウスでのコミュニケーションは、「一時的なのに親密」ではなく「一時的だからこそ親密」なのである。

(p.77「ゲストハウス」)

生産や労働に代わって、消費や余暇が時代のキーワードになりつつあった。女性たちは、市場を牽引する消費者として「発見」された。

(p.101「ディスカバー・ジャパン」)

渋谷スクランブル交差点に出来合いのプログラムはない。……渋谷を世界的に有名なスポットにしているのは、渋谷にやって来る観光客自身である。観光する彼ら自身が観光の風景を形づくり、ここでの楽しみを生みだしていく。彼らは既成のプログラムに参加しているというよりは、観光の生成、つまりプログラミングに参加しているのだ。

(p.115「渋谷スクランブル交差点」)

「人間」という近代的で普遍的に刻印づけられた枠組みのもとでの問いかけを、観光で志向できるようになったのである。……「ダークツーリズム」という概念を通して、虚構に過ぎないはずの「人間」という存在(が残した負の遺産)を観光の文脈で可視化し実定化しえたのだ。

(p.121「ダークツーリズム」)

摩擦も生じないが理解もしえない、閉鎖的な情報世界をまとった私たちにとっての観光の意味を考えるには、そもそも観光という行為へと促される(異文化接触への)最初の契機こそが問われるべきなのかもしれない。

(p.151「異文化理解と文化摩擦」)

本書の目次

 第1部 観光コミュニケーション論とは何か

Ⅰ 問い直される観光,問い直されるコミュニケーション
 1 ポストモダンツーリズム
 2 ツーリズム・モビリティ
 3 ネットワーク
 4 デジタル革命

Ⅱ 新しい観光コミュニケーション論のためのキーワード
 1 パフォーマンス
 2 アフォーダンス
 3 マテリアリティ
 4 再帰性
 5 アイデンティティ
 6 虚構的リアリズム

Ⅲ 観光コミュニケーションがもたらすイシュー
 1 権 力
 2 空 間
 3 文 化
 4 貨 幣
 5 交 通
 6 監視社会
 7 ジェンダー
 8 恋愛ツーリズム
 9 エスニシティ
 10 身 体
 11 ローカリティ

 第2部 コミュニケーションする観光

Ⅳ ホスト/ゲスト論の新展開
 1 ホスト/ゲスト論
 2 ホスト/ゲスト論の理論的展開
 3 地域社会
 4 都 市
 5 農 村

Ⅴ ツーリスト・コミュニケーション
 1 音楽フェス
 2 コンテンツ・ツーリズム
 3 音楽ライブ
 4 ピースボート
 5 バックパッキング
 6 パッケージツアー
 7 ゲストハウス
 8 バー
 9 銀座のクラブ
 10 宗教観光
 11 まちなか観光
 12 ホスピタリティ
 13 おみやげ
 14 ぬい撮り
 15 ライフスタイル移民
 16 ワーキング・ホリデー
 17 ビーチ
 18 Airbnb

Ⅵ 再帰的な観光
 1 ディスカバー・ジャパン
 2 ディズニーランド
 3 サンリオピューロランド
 4 テーマ化する都市環境
 5 インバウンド
 6 観光まちづくり
 7 がっかり名所
 8 渋谷スクランブル交差点
 9 パワースポット
 10 インスタ映えスポット
 11 ダークツーリズム
 12 オーバーツーリズム

 第3部 観光するコミュニケーション

Ⅶ 観光コミュニケーション「を」つくるもの
 1 トランスナショナル的状況
 2 認知資本主義
 3 メディアミックス
 4 アクセス
 5 コード
 6 高コンテクスト性/低コンテクスト性
 7 ゲーミフィケーション
 8 モバイルメディア
 9 エゴセントリック・マッピング
 10 アテンションエコノミー
 11 データ・ダブル

Ⅷ 観光コミュニケーション「が」つくるもの
 1 ドラマツルギー
 2 異文化理解と文化摩擦
 3 コト消費
 4 コミュニケーションのコンテンツ化
 5 多孔化
 6 パフォーマティブ労働
 7 ソーシャルメディアの写交性
 8 ハイブリッド消費
 9 コンタクトとコンタクト・ゾーン
 10 プラットフォーム

  第4部 観光コミュニケーションの臨界

Ⅸ 新たな「テクノロジー」が問いかけるもの
 1 AIコミュニケーション
 2 ロボット
 3 VR
 4 ビッグデータ
 5 GIS
 6 UGCとUDC
 7 ウィキペディア

Ⅹ 新たな「文化」が問いかけるもの
 1 文化産業
 2 レトロ観光/ノスタルジア観光
 3 eスポーツ
 4 『Pokémon GO』
 5 演 劇
 6 アート

Ⅺ 「新型コロナウイルス感染症以降」の観光コミュニケーション
 1 パンデミック
 2 贈 与
 3 リスク
 4 バーチャル観光
 5 親密性

  第5部 観光コミュニケーション論の先駆者たち

ⅩⅡ ツーリズム・モビリティ研究の先駆者たち
 1 ジョン・アーリ
 2 ティム・エデンサー
 3 アンソニー・エリオット
 4 ヨーナス・ラースン

ⅩⅢ メディア・コミュニケーション研究の先駆者たち
 1 ベルナール・スティグレール
 2 ダニエル・ブーニュー
 3 デヴィド・ライアン
 4 ジョナサン・クレーリー

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